木炭素描

山科真白


まつくろのやはき体毛揺らしつつ木炭素描の蜘蛛は笑へり

炎天の千畳敷で波飛沫 浴びて刹那に冷ゆる首すぢ

忠実に季の秩序を守らゐて一斉に咲く木犀の花

すがりつくことなきままにサルトルとボーヴォワールの声音の会話

アネモネの花言葉を嗤ひつつ蜜吸う蜂を追ひ払へずに

熔かされて無形になりしわたくしが君に煉られて生れ出づる朝

問ひかけも折り目正しき独身のカントと食みし昼の食卓

曼珠沙華 自殺か事故かわからねど彼は死んだとある朝聞きし

数多なる命救つた白衣着てたつたひとりで彼は逝つたと。

生と死のあはいの色を知つてゐる終の右眼が捉へた色彩

ひび割れた水の色持つビードロを懐に抱く夜もありしか

思ひ出の飾り棚から零れくるアンティーク・ラブの美しき欠片は

突然に庭に居着いた白猫が忽然と消え今日で三日目

微笑みがふいに離りて幕あひにサプリメントの瓶を揺らしつ

君が触るくちびる淡き薄桃の色はゆるみて熱を帯びゆく

寄りかかる肩の温度を綯い交ぜて白い湖面を見てゐるベンチ

純愛に陥ちゆくひとのまなぶたに妖精パックの羽根は舞ひ下る

アドルフを読み終へ赤き温室の花を静かに活ける玄関