山 科 真 白

『散 華』

狂ほしくふぶく桜を描きたる画家と出逢ひし桜の季節

死へ向かふ画家がしづかに佇まむ春の岸辺のみづのさざなみ

春光の溢れる午後のアトリエは風の気配もやさしかりけり

週に二度描かれるために通ひくる約束をして帰る坂道

病む画家は春陽に透ける身をもちて玻璃戸の横で吾を見送る

裁判官のごとくに医者が下したる余命といふ名の死刑判決

死ぬために生きる命の烟(けぶ)りゆく桜の森を画家は歩みて

海を見るまなざしをせよ やはらかき椅子に座りてふりかへりつつ

  呼吸とふルフランありて揺るる肩、吾は木炭で描かれてゆく

三十分描きて十分休みたる掟のやうなサイクルがあり

「ありがたう」といはれて帰るゆふぐれはさくらの柄の暦を買ひぬ

花といふ花を消し去る風まみれ 画家の痩身すすみてゆくも

アトリエに溶き油の匂ひ満ち色づけられる吾の輪郭

描きつつ時折見せるほほゑみにちひさくほほゑみかへしてをりぬ

いまふたつたしかな命があるからに死の足音はしばし止まりて

描かれるカンバスの辺に撒き散らす花の気配を感じてをりし

まどろみてモデルの晝の過ぎゆくをネプトゥヌスの馬駆けてゆきたり

突然の落雷のごとカンバスは引き裂かれをり 座せるをんなも

絶望と怒りに震へてゐる背中 肯ふものが描けぬ憤怒

いくたびも刑吏となりて振り下ろす斧に裂かれる吾のからだは

アトリエの隅に擲つカンバスはまるで四角い積み木のやうだ

輸血にてつながれてゐる命もて画家は真つ赤な絵の具を溶きぬ

世を離る時の近づく際にきて画家のいのちは耀きやまず

黄昏の暦(カランドリエ)に書き添へた残りの時を越えてゆきたり

彼方にはとほきおほぞら飛び越える鳥のみぞ知る虹がありしや

生と死は回転扉の裏表 繋がりまはる風の聞こゆる

立つこともできなくなつた画家の手が休むことなく動いてをりぬ

まばたきをすれば涙がこぼれたる吾は無力な時間を泳ぐ

唐突に終りは来たる 蝋燭を吹き消すやうに画家は死にたり

死ののちの雨の季節に遺された未完の絵画が売られてゆきぬ

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