はづしたる義眼がわたしを見つめゐる窓辺は海の匂ひに満ちて


まうひとりのわたしが海へ歩きだし、不意に消えゆく凪のゆふぐれ


古びたるわたしを消してひきかへに赤子のやうなわたしを貰ふ


運命の日を過ぎてなほ生きてゐる ぐつしょり水は肌に纏はる


偶然にあなたの名前と重なりてタカサゴユリはことしもひらく


高層のマンション階へ訪ねくる小鳥のこゑを貯むるまいにち


哀音といふ音韻に惹かれつついのちを思ふあなたを思ふ


上階に風は遊びてくるくると回り北指す風見鶏啼く


刺繍図のうへにチクチク赤糸を刺せば思ひぬ千人針を


いつせいに星の流るる夜に満ちる月のおもてはまぶしかりにき


ウソホントウソホントウソホントウソ、ウソウソウソウソウソウソ3.11


唐突に真つ暗になる空の下、処罰のやうに落雷のあり


いかづちに貫かれてもたちつくす高層マンションに灯りが点る


いくたびも身を乗り出して見てゐます 下界に降れる俄か雨さへ


まうひとりのわたしはわたしに慣れてゆきわたしは笑ふ鏡のなかで


朝と夜、物がただしく見えるやう角膜を洗ふ生理食塩水


代受苦と言ひさして閉づ朝刊の東日本大震災被害者欄


バルコニーで育つるみどりと花々は耀ふごとくみづみづしくて


摘蕾は秋にはいらぬやうになり薔薇は咲くのを許されにけり


許されてゐる?生き残つたわたしたち 心にコトコト余震がつづく


高層のマンションに住むわたしには迂回路ばかりが見えてしまふよ


失へる愛しき友へ書く手紙、DEAR:高砂ゆりちゃん 今どこにゐる?


町さへも「ゆり」と一緒に消え失せて 宛先不明で手紙が戻る


果てしない海の真横の席に着き酢に濡れてゐる魚を食みたり


まうひとりのわたしを貰ひまつさらのわたしになつてゆくはずでした


思ひ出の形状記憶が効いてゐて糊もせぬのに型がくずれぬ


エレベーターに無限階とふボタン欲るあなたの空に近づきたくて


地上よりあなたに近き場所に住み天にも地にも触れずに夜は


永遠を貼りつけるため置いておく掟としての骨貝ひとつ





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山科 真白