▲HOME

MOREAUのこひびと--真白の美術館日記


2013年11月26日(火)   「プーシキン美術館」展
神戸市立博物館 神戸市中央区

 
2011年の東日本大震災で急遽中止となった展覧会が二年を経て開催された。

プーシキン国立美術館は1912年にモスクワに設立された。
考古学的なコレクションもあるが、中心はルネサンス以後の西ヨーロッパ絵画で、フランス絵画のコレクションでも知られる。

今回の展覧会は、印象派以後第一次世界大戦までの主要な画家の作品はほとんど網羅されているといフランスのコレクションより「フランス絵画300年」と題し、選りすぐりの66点が来日している。

ロシアの美術品の充実には皇帝、貴族、実業家が私財を投じて収集した背景がありました。

国の威信をかけ莫大な芸術品をロシアに集めたエカテリーナ2世が買い入れたプッサンの≪アモリびとを打ち破るヨシュア≫

アレクサンドル2世が愛したアングルの≪聖杯の前の聖母≫

繊維業で巨万の富を築いたシチューキンのコレクションから、ゴッホが耳を切り入院した病院の見習い医師フェリックス・レーを描いた≪医師レーの肖像≫

同じく資産家だったモロゾフの買い入れたルノワールの≪ジャンヌ・サマリーの肖像≫はコメディ=フランセーズの花形女優を明るい色彩で描き、評価の高い作品。

ほかにもドラクロワの≪難破して≫、モネの≪陽だまりのライラック≫、ドガの≪バレエの稽古≫、セザンヌの≪パイプをくわえた男≫、ゴーギャン≪エイアハ・オヒパ(働くなかれ)≫、ピカソの≪マジョルカ島の女≫

ルソーの≪詩人に霊感を与えるミューズ≫は、マリー・ローランサンとアポリネールが描かれているがまったく似ていない(笑)

2013年4月26日-6月23日 愛知県美術館
2013年7月6日-9月16日 横浜美術館
2013年9月28日-12月8日 神戸市立博物館

個人的なことだが、この展覧会は敬愛する歌人と一緒に観覧した思い出に残る美術展となった。



2013年11月19日(火)   「バルテュス 猫と少女」展
メトロポリタン美術館 ニューヨーク


言わずとしれた世界を代表するメガ美術館であるメトロポリタン美術館は、セントラル・パークに隣接したアートの殿堂。

創立140年余りにして所蔵300万点以上。所蔵品の4分の1を展示する館内は、エジプト、ギリシア、ローマ、中世美術、ヨーロッパ彫刻、装飾、アフリカ、オセアニア、イスラム美術、素描・版画、武器・甲冑、アジア美術、ヨーロッパ絵画、近代、現代美術、アメリカンウィングなど多くのセクションに分かれている。

この写真はメットのガイド誌。

日本語版もあります。表紙の絵はジェロームの<バシボスク>美しい絵でした。

ルーブルと同じく、何度か通わないとコレクションの把握ができない。

メットは常に特別展を複数開催している。バルテュスの展示会を観覧してみた。

バルテュスが亡くなったのは2001年。

逝去から半年後、ヴェネツィアで開催された大規模な回顧展が記憶に残る。

アメリカはNYだけでなくフィラデルフィアやインディアナやセントルイス、シカゴ、ワシントンにもバルテュスの絵を所蔵した美術館がある。

MoMAに6枚、メットにも4枚、バルテュスの代表作が集まっている。

ヴェネツィアで開催された回顧展には及ばないが、メットの所蔵作品をはじめとしてヨーロッパからも集結したバルテュスが並んでいた。


展覧会はバルテュスが生涯モチーフとした少女、猫、鏡の少女と猫にスポットをあて構成されていた。

ご存知ようにバルテュスの奥さんは日本人の節子さん。バルテュスが59歳、節子さんは25歳で結婚されました。

バルテュスの実質上の遺作になった絵には少女と猫だけでなく犬も描きこまれています。

長命であったバルテュスですが、もっと多くの作品を描き続けてほしかった。そして、節子さんの母国である日本でも大規模な展覧会が開かれることを願います。


「バルテュス 猫と少女」展 メトロポリタン美術館:2013年9月25日-2014年1月12日


追記:2014年に大回顧展が日本で開催されます。節子夫人の協力を得て愛用品なども展示されるようです。

東京都美術館:2014年4月19日-6月22日 京都市美術館:2014年7月5日-9月7日



2013年10月31日(木)   「マウリッツハイツ」展
フリック・コレクション ニューヨーク



ニューヨークのアッパー・イースト・サイドにあるフリックコレクションは、実業家ヘンリー・クレイ・フリックが四十年かけて蒐集した美術品、工芸品を私邸をそのまま美術館として公開している。

フリックのコレクションはすべて珠玉の名品ばかりだが、なかでもフェルメール作品を三枚所蔵しているため、常に世界中から来館者が訪れている。

<兵士と笑う女><稽古の中断><女と召使>  どの作品も重要な作品である。

マウリッツハイス美術館の改装による世界ツアーの最後がNYであることを知らず、フリックコレクションで、昨年神戸に来日した<真珠の耳飾りの少女>と四度目の嬉しい再会となった。

フリックにフェルメールが四枚ということで、ニューヨーカーたちも多く訪れていた。

この展覧会は日本で開かれていた「マウリッツハイス美術館」展よりも小規模もので、フェルメールも1枚、ほか、レンブラントやハルスも渡米していたが、限られたものであった。

それでも<真珠の耳飾の少女>がフリックにあるということは、サプライズを超える感動だった。

フリックコレクションはヨーロッパ建築様式を取り入れた総大理石の重厚な建物である。
オランダのマウリッツハイスの雰囲気を彷彿とさせるところもあり、名品ぞろいのコレクションのなかで、マウリッツの傑作たちも調和していた。

フリックコレクション(NY) 2013年10月22日-2014年1月19日



2013年10月13日(日)   『貴婦人と一角獣』展
国立国際美術館 大阪市北区中ノ島

<貴婦人と一角獣>パリで下絵が描かれ、15世紀にフランドルで制作されたと考えられるタペストリー。

最古のタペストリーはエジプトで織られたようだが、東方のビザンチン、ペルシアで発展を遂げ、12世紀にヨーロッパに伝わった。
フランス、フランドル地方を中心に優美で華麗なタペストリーが制作され、聖堂や城や貴族の邸宅に掛けられた。防寒の意味でも用いられたらしいが、持ち運びができ、絵師と織師によって芸術的価値を高められたヨーロッパのタペストリーは15世紀に黄金期を迎える。

一時は絵画よりも価値を認められたタペストリーも時代とともに衰退の一途を辿ったが、芸術的に貴重なタペストリーはふたたび脚光を浴びている。

<貴婦人と一角獣>は、ブーサック城で作家のメリメが発見し、ジョルジュ・サンドが作中で絶賛したことで注目が集まり一躍有名になった。

パリのクリュニー中世美術館に所蔵されている<貴婦人と一角獣>連作6枚のタペストリーが来日した。

このタペストリーがフランス国外に貸出されたのは、過去に一度だけで、今回の6枚全部の来日の報を聞いたときはにわかに信じられなかった。
メリメが見つけたときには傷みが相当進んでおり、すでにフランスの至宝となっている<貴婦人と一角獣>を環境をかえて展示するのは、クリュニーが改装に入るという事情があったとしても難しいと思える。
日本で、6枚すべてのタペストリーに再会できたとことは嬉しく、また展示方法も工夫がなされており、主催者、関係者各位にお礼を申し上げたいくらいであった。

パリのクリュニーの展示は照明の落とされた暗い丸い部屋での鑑賞だった。今回、その部屋に改装が施されるらしいが、本展示会での展示は、照明もクリュニーよりも明るく、タペストリーの細部まで堪能できた。

展覧会構成もタペストリーの五感の謎に迫りつつ、ゴブラン織りの美しさをクローブアップさせながら、織り込まれている一角獣をはじめとする動物たちや植物にも注目させるというパリでは行われていない手法だった。

ほか、クリュニー中世美術館所蔵の彫刻やステンドグラス、指輪、陶器などが来日していた。

映画化された<真珠の耳飾りの少女>の原作者、トレイシー・シュヴァリエが、このタペストリーをモチーフに『貴婦人と一角獣』を書いており、世界的で翻訳されている。






触角、味覚、嗅覚、聴覚、視覚、我が唯一の望みに









『貴婦人と一角獣』展




2013年4月24日〜7月15日  国立新美術館
2013年7月27日〜10月20日 国立国際美術館




2013年 7月27 日(土)   『奇跡のクラーク・コレクション』展 ルノワールとフランス絵画の傑作
兵庫県立美術館 神戸市中央区

マサチューセッツ州のウィリアムズタウンにあるクラーク美術館は、クラーク夫妻のあつめたルネサンスから19世紀末までの欧米の絵画や工芸を所蔵する美術館。
改修工事(改修は安藤忠夫氏がされているそうです)のあいだ、世界巡回をしている展覧会が日本で開催されました。

クラーク夫妻のコレクションのなかでもルノワールの絵画蒐集は30枚を超えているという。そのうち今回は22枚が来日している。そのほかにも印象派を中心としてアカデミスム作品も加えた73点を公開している。
このような個人コレクションの美術館の展覧会はなかなか目にすることもない作品も含まれており、貴重な展覧会となった。

<鳥と少女> ルノワール

<うちわを持つ少女> ルノワール

<エトルタの断崖> モネ

<羊飼いの少女、バルビゾンの平原> ミレー

その他、コロー、ピサロ、シスレー、カイユボット、ドーミエ、ドガ、ティソ、モリゾ、ボナール、ロートレックなど。



<蛇使い> ジェローム

私はこの絵にもっとも惹かれた。ジェロームというフランスの画家は、東方を主題にした絵をエジプト旅行以後よく描いており、アングルのそれとは違った魅力を持っている。

<ピュグマリオンとガラテア>は同主題を描いたもののなかでもすばらしい一枚といえる。

<蛇使い>も<ピュグマリオンとガラテア>にみられる後姿の裸体の美しさもさることながら、タイルの緑とも青ともいえぬ絵の具の色に悩殺される。紋様や光の色の変化を帯びながらも美しさを放っている。










『奇跡のクラーク・コレクション』展 ルノワールとフランス絵画の傑作




2013年2月9日〜5月26日 三菱一号館美術館
2013年6月8日〜9月1日 兵庫県立美術館



2013年 7月 27日(土)   『マリー・アントワネット物語』展
兵庫県立美術館 神戸市中央区

ハプスブルク家は戦争ではなく結婚で繁栄していったことは有名である。
ウィーンに君臨した女帝マリア・テレジアは20年の間に男子5人、女子11人の16人の子供を産んだ。
マリア・テレジアは、プロイセンと対抗するフランスとオーストリアの友好の証として末娘だったマリーを14歳でフランス王家に嫁がせた。
娘を気遣う母は、フランスの娘に何度も様々な戒めや受胎の重要性を書いた書簡を送っている。
(妊娠に関してはルイ16世の方に問題があり、その件もマリア・テレジアの機転で解決している)
母の忠告も耳に入らず、マリー・アントワネットは浪費癖や軽率さ、スウェーデン人との不倫、また革命への反対などで不評を買い、ダイアモンド首飾り事件とフランスからの逃亡失敗で凋落は決定的となり、幽閉後ギロチンで処刑された。


マリー・アントワネットは世界でよく知られた王妃である。

日本では、池田理代子さんが「ベルサイユのばら」を描き、マリー・アントワネットの名をより日本人に知らしめることとなった。

今回の展覧会では「ベルサイユのばら」のコーナーも設置されており人気を呼んでいた。

マリー・アントワネットの肖像は何枚も描かれているが、ルブランの描いた<王妃マリー・アントワネットと子供たち>は、母としてのマリーが描かれている一枚である。

フランス王妃として4人の子を成したが、長男は結核性疾患で逝去。次女も生まれて1年で亡くなり、残ったマリー・テレーズと王太子シャルル(ルイ17世)は両親とともに幽閉された。

シャルルはタンプル塔で病死したとされ、長女のマリー・テレーズのみが助かった。

処刑場に向かうマリー・アントワネットは白髪になった髪を白布で包み、王妃として毅然とした態度を通したという。

今回の出展品はほとんどフランスからのもので、パリで見ているものが多く残念であった。

しかし、展覧会の雰囲気づくりには凝っていて、女性客に特に人気だったようだ。葉書をもっていくと絵葉書と交換してくれるという心配りもあった。






『マリー・アントワネット物語』展

2012年7月7日(土)〜9月2日(日) 名古屋市博物館
2012年9月15日(土)〜 11月18日(日)そごう美術館
2012年11月29日(木)〜 2013年1月27日(日)愛媛県美術館
2013年2月8日(金)〜4月14日(日)沖縄県立博物館
2013年4月27日(土)〜 6月23日(日)福岡県立美術館
2013年7月6日(土)〜9月1日(日)兵庫県立美術館
2013年9月11日(水)〜10月27日(日)岡山シティミュージアム



2013年 4月20日(土)   「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展
京都市美術館 京都市左京区

リヒテンシュタイン侯国はヨーロッパ中部、スイスとオーストリアの国境沿いにある立憲君主国である。
東京23区の四分の一ほどの世界で六番目に小さい国で、神聖ローマ帝国に直属する国として18世紀に成立した。

長くハプスブルグ家の臣下として活躍し、侯爵の爵位を受けてからは、美術品の蒐集に特に力を入れ、英国王室に継ぐ個人コレクションを有する。

第二次世界大戦時、ナチスの手から美術品を護るために容易ならざる努力が行われ、見事侯爵家は先祖伝来の美術品を守り通したことでも知られている。
リヒテンシュタイン侯爵家の居城のファドゥーツ城に美術品は戻っていたが、2004年からウィーン郊外のトロッサウにある夏の離宮で予約制で公開されている。

今回の美術展は、なかなか日本で見るのが難しいヨーロッパ小国の侯爵家個人コレクションの公開となった。
コレクションの内容も充実しており、展示方法にも工夫を凝らし、侯爵家の美意識を日本で伝えようとするメッセージ性を強く感じた良い美術展だった。



ラファエロ、レーニ、レンブラント、ヴァン・ダイクなど、が来日。

ラファエロの≪男の肖像≫はラファエロ初期の作品と言われており、宗教的要素のない男性の肖像は注目すべきである。

リヒテンシュタイン家のコレクションは中世ゴシック期、ルネッサンス期から19世紀までに及んでいる。

本展覧会は、特にバロックに関して夏の離宮の展示洋式に基づいたバロックサロンを設け、宮殿の雰囲気を壮麗に再現していた。

絵画だけでなく、工芸品、家具調度品、彫刻など多くの珠玉の作品は、まさしく侯爵家の秘宝というべき品々である。

写真はバロックサロンに展示されていたテーブル。金の脚の部分はジョリアーニが作成し、上のテーブルトップはフィレンツェで作られたもので、黒地の天板には貴石が象嵌され、脚の金色との対比が際立つ。

その他、バロックサロンには、ブリュッセルのタペストリー、マイセンや中国の陶器、振り子時計、万年暦などが展示れていました。

リヒテンシュタイン侯爵家のコレクションではルーベンスの作品群も有名です。ルーベンスが愛娘クララを描いた肖像画は大作の多いルーベンスには珍しく小さな作品だが、透き通った瞳と愛らしい頬と口元に見る者を思わず立ち止まらせる。ルーベンス作品は8点来日。






「リヒテンシュタイン 華麗なる侯爵家の秘宝」展



2012年10月3日-12月23日 東京新美術館
2013年1月5日-3月7日 高知県立美術館
2013年3月19日-6月9日 京都市美術館



2013年 4月20日(土)   「ゴッホ」展 空白のパリを追う
京都市美術館 京都市左京区

アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館の改装工事に伴い、所蔵作品約50点を展示した美術展。(別美術館からも3点)

ゴッホは2100点以上の作品を残したといわれている。

存命の間、売れた絵は一枚だけだったが、今やゴッホの絵のバリューは高まり続け、世界中の美術館が所蔵に躍起になっているのが現状だ。

日本人もゴッホと聞くだけでそわそわとし、「あの有名なゴッホを見なければ」と、とりあえず、京都に駆けつけたという人も多かったであろう。それらの人たちは「ゴッホ」を見たというだけで満足だったのかもしれない。

アムステルダムのゴッホ美術館は、レンブラントの「夜警」やフェルメールなど多くの作品を所蔵するアムステルダム国立美術館の近くにある。
アムステルダム国立美術館から、歩いてゴッホ美術館に向かうと、世界中にファンを持つゴッホらしく入り口には長蛇の列ができていた。私が訪れたのは2007年のことである。

ゴッホ美術館は、開館40周年を迎える国立美術館で、ゴッホ作品最大のコレクションを誇るといわれている。ゴッホゆかりのゴーギャンなどの作品も所蔵しているすばらしい美術館である。別館は黒川紀章氏が設計している。

今回の美術展では、自画像を多く来日させていることをコンセプトのひとつにしていた。ゴッホが描いた自画像だけでなくラッセルの描いたもの。弟のテオをゴッホが描いたものもあった。

そこは個人的に評価したが、「黄色い家」や私たちがよく見知っている「ファンゴッホの寝室」、ゴッホが亡くなる前(絶筆ではない)「カラスのいる麦畑」など代表的所蔵品だけでなく目玉作品の来日はほとんどなかった。

「リヒテンシュタイン」展との抱き合わせのように開催され、京都の桜の時期とも重ねたため、来客数は多かったと思う。

アムスのゴッホ美術館は約7ヶ月の改装を終え、すでにオープンを果たしている。





「ゴッホ」展 空白のパリを追う




2013年4月2日-5月19日 京都市美術館
2013年5月26日-7月15日 宮城県立美術館
2013年7月22日-9月23日 広島県立美術館



2013年 12月23日(日)   「エル・グレコ」展
国立国際美術館 大阪市北区

没後400年をむかえるエル・グレコの大回顧展。国内史上最大のグレコ油彩作品50点以上が来日。
エル・グレコは当時ヴェネツィア支配下のクレタ島に生まれ、その名も「ギリシア人」。イコンを描いていたが20代の半ばでベネツィアに渡る。当時のヴェネツィアの画壇にはティツアーノが君臨しており、グレコもヴェネツィア絵画を存分に学んだのちローマに移った。ローマからスペインに渡りトレドに定住した。
大聖堂やフェリペ二世にも評価されなかったが独自のデフォルメや光を用いながら宗教画を描いた。
宗教画を多く描いた主にスペインで活躍した画家であり、印象派を好む日本人には馴染みが薄いのではないかと思っていた。しかし、大阪中ノ島の美術館での展覧会でもあったためか、エル・グレコの展覧会が何十年も開催されていないためか来館者はとても多かった。

≪改悛するマグダラのマリア≫ブタペスト国立西洋美術館
アトリビュートの香油壷と頭蓋骨からマグダラのマリアとわかる。美しいマグダラのマリアと薄いブルーの配色が記憶に残る一枚。

≪修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像≫ボストン美術館
グレコは晩年、肖像画を好んで描いた。パラビシーノはグレコの友人であり、グレコの亡骸をトレドの聖堂に葬った。詩人、知識人でもあったパラシーノは「クレタは生と絵筆を共に彼に捧げ、トレドは彼の最上の祖国となり死とともに永遠に行き始める」という言葉を送ったそうです。

今回の展覧会では肖像画は9枚来日。そのうち≪白貂の毛皮をまとう貴婦人≫という絵がグレコらしくない絵だという印象でした。イタリア時代の作品のようなのでその影響なのかもしれませんが・・・


≪無原罪のお宿り≫
サン・ニコラス教区聖堂(サンタ・クルス美術館寄託)

1607年から1613年(死の前年)まで描いたエル・グレコの晩年の大作。
3,47m×1.74mととても大きい絵である。

無原罪とは聖母マリアが原罪を免れて生まれたというカトリックの教義を表す。
天には真っ白い聖霊の鳩が羽根を広げ神々しい光を放つ。
足元には百合、薔薇、鏡、ヘビといずれもマリアの象徴が描かれている。
同じく足元にはトレドの町の風景が見える。
マリアと天使のからだが螺旋を描くように浮遊し、天使は立体感を出している。マリアは10等身以上である。
エル・グレコは下から見上げたときに最も美しく見えるように独特のスタイルを構築している。

この絵が展覧会の目玉の一枚であり、出口近くに展示されていた。
とても大きな絵なので絵の前に多くの人が集まり、絵を見上げていた。
異国で描き、異国で死したグレコの絵がほとんどが仏教徒である日本で見上げられるとはグレコは知っていただろうか。








「エル・グレコ」展





2012年10月16日-12月24日 国立国際美術館
2013年1月19日-4月7日 東京都美術館



2012年11月10日(土)   「シャガール」展
京都文化博物館 京都市中京区

マルク・シャガールはロシア(現ベラルーシ)出身のユダヤ人画家。パリに出てエコーリ・ド・パリの一人として活躍。アポリネールやモディリアーニなどと交友があった。
第二次世界大戦中に渡米し、ロシアの田園生活や動物、静物等明るい色彩のイマジネーションに富んだ作品を数多く描いた。フランスに永住しパリのオペラ座の天井画を描いた。生涯、故郷ロシアとユダヤ神話に愛着した。

今回の展覧会は、「愛の物語」をテーマとし、妻のベラへの愛をはじめ、娘や後妻らとの家族愛、ユダヤ人としての民族愛、郷土愛などを描いた100点が来日。

モスクワの国立ユダヤ劇場の壁画7点やトレチャコフ美術館のコレクションのほか国内外のシャガールの愛の作品が集結。



















「シャガール」展


2012年2月10日-4月1日  松本市美術館 
2012年4月8日-6月3日  高知県立美術館
2012年6月10日-7月22日 長崎県美術館
2012年7月30日-9月23日 新潟県立万代島美術館
2012年10月3日-11月25日 京都文化博物館



2012年11月 10日(土)   「大エルミタージュ美術館」展
京都市美術館 京都市左京区

サンクトペテルブルグにあるロシア最大の国立美術館。正式には「国立エルミタージュ」という。元エカテリーナ二世の離宮であり、原義はフランス語で隠れ家という意。
所蔵品は300万点を超える世界有数の美術館。本展は同館が所蔵する絵画コレクションの中から16世紀から20世紀初頭にかけての西欧絵画89点を展示。ロシア国外では最大級のエルミタージュ美術館展という。

エルミタージュ美術館は言わずと知れた多くの珠玉のコレクションを有している。
今回、来日した絵画を紹介してみます。

≪祝福するキリスト≫ ティツアーノ
画家最晩年の作品。右手は祝福のしるしとして人差し指と中指か立てられ、左手には世界を支配する象徴として水晶の玉を持っている。模作2枚が存在する(ウィーン美術史美術館、個人蔵) 

≪ローマの慈愛 キモンとペロ≫ ルーベンス
主題はワレウス・マクシムスの『記憶すべき行為と言葉』より。

≪自画像≫ ヴァン・ダイク
ヴァン・ダイクは数点の自画像を描いている。この自画像は青年期の若さが瑞々しく描かれ黒い衣服の質感がリアルに感じられる。

≪老婦人の肖像≫ レンブラント
モデルはレンブラントの母、兄嫁など推測がなされたが、結論に至っていない。それよりもこの絵の真贋が問われているようである。

≪自画像≫ ルブラン
ルブランは自画像を何枚か描いていて、私たちが見知っているものもあるが、マリー・アントワネットの肖像画は特にお馴染みだ。フランス革命の影響で母国を出て各国を転々とし、ロシアではエカテリーナ二世の庇護を受けた。

≪死の天使≫ ヴェルネ
亡くなったばかりの真っ白い寝衣のうら若き女性が神の光明に照らされて黒衣の天使に抱えられ天に召されていく。実物を見ると神々しさの中に幻想的な美しさがあり絵の前でしばし立ち止まってしまう。画家の娘がモデルという説がある。



≪仮面舞踏会後の決闘≫ ジェローム
ジェロームはアングルの弟子であったが、ある時期から新古典主義的傾向から脱却した。雪の上に残る喧騒ののちに訪れた破滅的静寂から目を離すことができない。

≪廃墟 内なる声≫ ティソ
ティソといえば、上流階級の女性たちを優雅に上品に描いた画家というイメージが強いが、サン・シュルピス教会でイエスの精霊を見てから宗教的な絵画を描いた。本作品は農民の巡礼者のに寄りかかるイエスが生々しい。





≪カーテンのある静物≫ セザンヌ
静物画も多く描いたセザンヌの作品のなかで評価の高い一枚。


エルミタージュ美術館にはあらゆると言ってよいほど多くの画家の作品がコレクションされている。
そのごく僅かでもこの展覧会で目にすることができて嬉しく思う。










「大エルミタージュ美術館」展



2012年4月25日-7月16日 国立新美術館
2012年7月28日-9月30日 名古屋市美術館
2012年10月10日-12月6日 京都市美術館



2012年11月6日(火)   『マウリッツハイス美術館』展
神戸市立博物館 神戸市中央区

マウリッツハイス美術館は、1822年にデン・ハーグに開館したオランダで最もすぐれた美術館のひとつである。

デン・ハーグには、国会議事堂や中央官庁、各国の大使館などがおかれ、重要な国際機関もあり国内外で常に注目される都市である。
美術館は、ホフフェイオファ池のほとりにあり、景観もとても美しい。

マウリッツハイス美術館は、今年4月より2014年までの予定で改装工事を行っている。その間の世界ツアー第一弾として日本での公開となった。

マウリッツハイス美術館は、約800点の17世紀オランダ絵画を中心としたコレクションで知られている。17世紀はオランダ絵画の黄金時代といわれ、小規模美術館のなかでも世界的に評価が高い美術館である。




マウリッツハイス美術館は3枚のフェルメール作品を所蔵している。

うち、<デルフトの眺望>以外の2枚が来日し、本展覧会の大きな目玉となっている。

<ディアナとニンフたち>は、フェルメール作品のなかで主題を神話をしたもので、真贋が問われる向きもある一枚である。ニコラース・マースの作品として認定されていたことがある。

<真珠の耳飾の少女>は、2000年に大阪で開かれた展覧会に他4枚のフェルメール作品とともに出展され、日本に多くの信奉者を獲得した。

神戸では、マウリッツハイス美術館や大阪の展覧会とは違い、2枚のフェルメールは別々の部屋に飾られていた。
<真珠の耳飾の少女>はガラスケースに入れられ、暗い部屋に展示されており、色彩が映えていないように思えた。


マウリッツハイツのレンブラントコレクションも有名である。

美術館の至宝<テュルプ博士の解剖学講義>は来日していないが、レンブラントを6枚程観ることができる。

長老を暗い繁みに描き対象をより浮かび上がらせた<スザンナ>

レンブラント初期の代表作の<シメオンの賛歌>

多くの<自画像>のなかで晩年最後の一枚ではないかといわれている作品。


 



















『マウリッツハイス美術館』展





東京都美術館 2012年6月30日-9月17日
神戸市立博物館 2012年9月29日-2013年1月6日



2012年 9月4日(火)   『バーン=ジョーンズ』展
兵庫県立美術館 神戸市中央区

バーン=ジョーンズはラファエル前派の後期にあって、最もラファエル前派から象徴主義までの表現をギリシャ、ローマ神話、キリスト教、伝承、寓話、文学等とリンクさせながら自在に行った人物。

今回の展覧会は、日本ではじめての本格的なバーン=ジョーンズの展覧会となった。
バーン=ジョーンズのコレクションで有名なバーミンガム美術館の所蔵作品がら多数の出品がみられた。

バーン=ジョーンズが生涯、深い親交を結ぶことになるウィリアム・モリスと出会ったのはオックスフォードのエクセター・カレッジだった。
トマス・マロリーの『アーサー王の死』に大きな影響を受けたのち、当時労働者大学の教授だったロセッティに会いに行き意気投合し、ラファエル前派第二期がはじまっていった。

<眠り姫(いばら姫)>の主題をバーン=ジョーンズは30年にわたって描き続けた。
百年間眠り続ける呪いをかけられた姫の噂を聞いた王子が姫のもとに行くと姫は目覚めるという西洋の民話は、グリム童話やペローの童話集にもとりあげられ、この主題に派生するさまざまな作品が多ジャンルで今日に至るまで発表されている。
バーン=ジョーンズの描く<眠り姫>は、姫と彼女の侍女たちが咲き乱れる野茨に囲まれて眠っており、非常に美しい構図の絵となっている。

<眠り姫>もほかの習作の連作が来日しており、以下の絵画のほかにもタペストリーや、バーン=ジョーンズの仕事として有名な『チョーサー著作集』などの挿絵を描いている書物、素描なども展示されていた。
初期作品の<慈悲深き騎士>や<ピグマリオン>連作、バーン=ジョーンズが自身最高の作品と語った<運命の車輪>なども来日していた。

    






『バーン=ジョーンズ』展




三菱一号館美術館2012年6月23日-8月19日
兵庫県立美術館2012年9月1日-10月14日
郡山市立美術館2012年10月23日-12月9日



2012年 5月26日(土)   『南蛮美術の光と影』展
神戸市博物館 神戸市中央区

神戸市博物館は、神戸市立南蛮美術館と神戸市立考古館が統合して神戸の旧居留地エリアに1982年開館した。

前身の南蛮美術館の重要所蔵品が受け継がれているため、国内有数の南蛮美術コレクション博物館である。

教科書でお馴染みのザビエルの絵図も神戸市美術館所蔵で、常設展示で見ることができる。

南蛮美術とは、桃山時代から江戸時代にかけ、西洋風の主題、意匠、技法のいずれかに影響を受けて製作した絵画や工芸などを指す。

南蛮美術は日本美術の新潮流として新しい息吹を吹き込んだものの17世紀前半より行った鎖国や、禁教令によるキリシタン弾圧など、荊の道を歩みつつ時代を経ていったものである。
また、ゴッホをはじめとする西洋の画家が浮世絵に影響を受けたように、日本の狩野派などトラディッショナルな絵師たちいも少なからぬ南蛮美術は影響を与えたといわれている。

今回の展覧会は神戸市博物館とサントリー美術館に所蔵されている重要文化財《泰西王侯騎馬図屏風》を中心に据え、南蛮美術の名品約100件が国内外から集結しました。



重要文化財《泰西王侯騎馬図屏風》 桃山〜江戸時代初期 :神戸市立博物館蔵



重要文化財《泰西王侯騎馬図屏風》 桃山〜江戸時代初期 :サントリー美術館蔵

8大帝王30年ぶりの再会ということで、厳重に硝子ケースにいられられて、横並びに展示されていました。
神聖ローマ皇帝ルドルフ二世、トルコ王、モスクワ大公、タタール汗  イギリス王あるいはギーズ大公フランソワ・ド・ローランともカール5世?フランス王アンリ4世、アビシニア王(エチオピア王)、ペルシア王

 『南蛮美術の光と影』展
サントリー美術館2011年10月26日-12月4日
神戸市博物館2012年4月21日-6月3日



2012年 3月27日(火)   『平清盛』展
神戸市博物館 神戸市中央区

世界遺産・厳島神社に伝えられる多数の至宝をはじめ、この時代を生きた人々の肖像画や書跡、主要な源平合戦を 描いた絵画、平家末期の文化を象徴する美術・工芸品など、国宝・重要文化財を含む約120点を紹介されている展覧会。

大河ドラマの方は不調の様子であるが、平日の閉館に近づく時間であったにもかかわらず、まずまずの観覧者がいた。
年齢層はやはり、年配の方が多かった。

絵巻物や書状、磁器、納経、宝物類、太刀、能面など日本国中から清盛や平家にまつわる品が展示されている。

展示期間が限定されているものも多く、運良く目にできたものそうでないものがあり、展覧会の概要が掴みにくい。それもドラマにちなんでということなのかと感じた。

西行絵巻や掛け軸、安徳天皇像、建春門院の日記や、一の谷屋島の合戦屏風などを興味深く見た。
経石にとても心惹かれた。平家物語に清盛が経石をしたという記述がある。12世紀のものらしい。



『平清盛』展
神戸市博物館2012年2月25日-4月8日
広島県立美術館2012年4月21日-6月3日
京都文化博物館2012年6月16日-7月17日



2011年10月15日(土)   『ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展
京都市美術館 京都市左京区

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは開館70年を機に大規模改修工事が行われている。

今回、ワシントン・ナショナル・ギャラリーより、印象派とポスト印象派の作品から、日本初公開約50点を含む83点が来日。

コロー、デュプレ、クールベ、マネ、ラトゥール、ピサロ、ドガ、シスレー、モネ、モリゾ、ルノワール、カイユボット、セザンヌ、ゴーギャン、ロートレック、ゴッホ、スーラなど印象派好きの日本人には馴染みのある画家たちの作品が並ぶ。

特記すべきは、知っている画家たちの日本未公開の絵がこの展覧会では50点も見られることである。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展
国立新美術館2011年6月8日-9月5日
京都市美術館2011年9月13日-11月27日



2011年10月15日(土)   『フェルメールからのラブレター』展
京都市美術館 京都市左京区

京都市美術館に着いたのは、展覧会終了前日の16時前だった。

閉館の1時間前(入場可30分前)だというのに、美術館の前は長蛇の列。

フェルメールが三枚来日。展覧会終了前日。『ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展の同時開催。広告効果。展覧会のネーミング。混雑する理由はいくつかあった。

それにしても多くの人が来館していた。美術館に入る前も待たされ、入ってからも幾度かストップさせられた。

それでも、2000年に大阪市立美術館にフェルメール作品が5枚来日した時よりは、人出はマシだったかもしれない。

フェルメールフィーバーが、日本に巻き起こっている理由は、いくつかあると思うが、大阪の5枚来日が大きなきっかけのひとつだと感じる。
その後、日本には、1枚フェルメールが来るだけで、展覧会は賑わいを見せるようになった。

今回来日したフェルメール作品は手紙を読んでいる人、書こうとしている人、熱心にペンを走らせている人を描いている3作品である。

フェルメール
≪手紙を読む青衣の女≫ アムステルダム国立美術館

この絵を見るのは2度目である。
アムステルダムでこの絵を私が見たのは2007年のことだ。

2010年から修復が行われ、今回、修復後初の公開となる。フェルメールの青が鮮やかに蘇り、窓から差し込む光も感じられる。

見違えた青衣の女に日本で再会できたのは幸運に思う。

フェルメール
≪手紙を書く女≫ ワシントン・ナショナル・ギャラリー

現存するフェルメール作品は35点前後と言われている。そのうち、真偽の分かれるものもあり、また真作で埋もれているものもあると思われる。

フェルメールの本国のオランダには、アムスとデン・ハーグと合わせて7枚に対して、アメリカは贋作疑惑1枚 盗難中1枚もあわせると14枚と世界分布からいくとフェルメールを多く所蔵している国だと言える。
この絵は、アーミン毛皮で縁取られたコートの黄色が眩しい。真珠の大きな耳飾りをし、羽ペンを握る。


フェルメール
≪手紙を書く女と召使い≫ アイルランド・ナショナル・ギャラリー

この絵は、二度盗難に遭っている。
紆余曲折を経て、無事に戻り、また、日本でこの絵を見られることを嬉しく思う。

召使の後ろに架けられている大きな絵の主題は「モーセの発見」である。女が熱心に書いているのは、恋文かどうかはわからない。


実は、このフェルメール作品3枚とも恋文に関係しているかどうかはわからない。展覧会のネーミングとしてはなかなか巧妙である。

フェルメールのほかにもホーホやヤン・スティーン、ヘリット・ダウなど40点が来日している。

展覧会グッズもまずまず充実していた。 


『フェルメールからのラブレター』展
京都市美術館2011年6月25日-10月16日
宮城県美術館2011年10月27日-12月12日
Bunkamuraザ・ミュージアム2011年12月23日-2012年3月14日



2011年10月15日(土)   『細川家の至宝』展
京都国立博物館 京都市東山区

江戸時代から戦後にかけて所在した広大な細川家の屋敷跡に細川家の所蔵物を護るため16代護立が設立した永青文庫より厳選された品々が公開されている展覧会。

徳川幕府の御家人からはじまる細川家は文武両道としても知られている。
現在の細川家は藤孝(幽斎)を初代として、武人藤孝は優れた歌人・国文学者として、また明智光秀の三女で細川家に嫁いだガラシアゆかりのものなど細川家に伝わる至宝が展示されている。
また、護立の蒐集した逸品もずらりと並ぶ。


『細川家の至宝』展
京都国立博物館2011年10月8日-11月23日
九州国立博物館2012年1月1日-3月4日



2010年10月26日(土)   『ザ・コレクション・ヴィンタートゥール』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

ヴィンタートゥールは、スイス6番目の都市で、チューリッヒのすぐ近くに位置する。

ヴィンタートゥール美術館は、ヴィンタートゥールのいくつかの美術館のなかで、一番歴史のある美術館であり、ヨーロッパ近現代の美術コレクションを有する美術館。

今回の展覧会では、展示される90作品すべてが日本初公開である。

私たちがよく知っている画家たちの見たことのない作品が見られるわけである。

ヴィンタートゥールという都市はチューリッヒのすぐ近くにあることすら、私は知らなかった。スイスでは、チューリッヒ美術館には立ち寄っただけで帰国した。多くの日本人が、ヴィンタートゥール美術館には訪れたことはないであろう。

たとえば、日本の大原美術館などがそうであるように、ヨーロッパの小都市にも、コレクションの充実した美術館がある。ヴィンタートゥールもそういう街のひとつのようだ。

≪アルザスまたは読書する修道僧≫ ルドン

私たちのよく知っているルドンの色彩である。

修道僧が読んでいる書物の表紙に「アルザス」と記されている。

ルドンの作品は、日本では岐阜県立美術館のコレクションが有名である。

この絵の赤は、ギュスターヴ・モローの赤に似ている。モローの使う濃くない方の赤。

この作品は死の2年前に描かれた。


≪ブルターニュの港≫ ルドン

この風景画は、ルドンが30代後半に描いたものらしい。

屋外、それも写実性のある作品で意外性がある。ちょうどこの頃、よく知られる特異的な版画の作成を行っていた。

眼球を空に飛ばしたり、植物の実に顔をつけ発光させてみたり、今にも這い出しそうな人面蜘蛛は、私たちにインパクトを与えたが、この風景画はルドンの別の心象風景を見ているようで新鮮である。


≪室内、夜の効果≫ ヴュイヤール

ナビ派の一人であるヴュイヤールの作品。

ヴュイヤールは、室内の画家とも言われたが、この絵に描かれているのもよく彼の絵のモデルとして登場する母親と姉の二人である。

ヴュイヤールの描く奇妙な静寂が好きだ。

この絵もじっと見つめているとこの部屋にスーッと吸い込まれそうになる。



≪赤ん坊のお祝い!≫ アンリ・ルソー

この絵は、誕生日、あるいは洗礼式の記念として注文をうけて描かれたものらしい。

それにしても画面に大きく描かれた赤ん坊はジャンボでそうも遠くには感じない木よりずっと大きい。
摘んだ花を服で包むように持ち上げているが、この服は一体どのようなつくりになっているのだろう?前後が下半身から花を摘む用にぱっかり割れているようではないか?(笑)
きれいなお花を摘んだのに赤ん坊の顔は得意そうでもなく、どちらかといえば不機嫌そうで、左手に持つおもちゃ(当時人気の道化役ポリシネルというらしい)の人形もお手上げというかんじでユーモラスだ。

独自路線を貫いたアンリ・ルソーらしさがよく出ている作品だと思う。

他、ドラクロワ、コロー、モネ、シスレー、ピサロ、モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、ロダン、マイヨール、ホードラー、ジャコメッティ、ドニ、ボナール、ユトリロ、ココシュカ、カンディンスキー、クレー、ベックマン、ピカソ、ブラック、レジェ、マグリット、モランディなどの作品が展示されている。

『ザ・コレクション・ヴィンタートゥール』展
宇都宮美術館 2010年6月13日-7月25日
世田谷美術館 2010年8月7日-10月11日
兵庫県立美術館 2010年10月21日-12月26日
長崎県美術館 2011年1月21日-3月27日



2010年 2月19日(金)   『THE ハプスブルク』展
京都国立博物館 京都市東山区

ウィーン美術史美術館とブタペスト国立西洋美術館の所蔵品からハプスブルク家ゆかりの絵画、工芸品訳20点からから成る展覧会。

ハプスブルクの至宝と聞くとそれだけで興味津々である。下に書いてあるように、私は、ハプスブルク家関係やオーストリア美術史美術館のものを見てきた。

この展覧会は、実に内容の充実した展覧会であった。

日本では、東京から京都と2会場で開催された展覧会だが、東京と同じく、京都会場も多くの人に賑わっていた。

今回の展覧会の目玉の三枚であり、ハプスブルク家の3人の女たちである。

右上の白い衣装の絵は、ご存知オーストリア帝国の事実上の最後の皇帝であるヨーゼフ一世の后で非業の死を遂げるエリーザベト后妃である。
シシィの愛称で知られる彼女を紹介する時、この絵が多用されるので、この絵=シシィのイメージを持っている人も多いことだろう。
実際の絵は、思っていたよりもずっとカンバスが大きく、彼女の美しい顔は見上げるような形になる。
この絵が描かれた当時、シシィは28歳だった。もうすでにのちに皇太子(彼はのちに心中自殺)となる三人の子供を生み(のちにもう一子王女を生む)、皇后としての自信に溢れていよう時期である。だが、彼女の類を見ない美しいかんばせの中に、王室、または姑のゾフィー大公妃との確執のなかの孤独が表現されているような気がした。
シシィは、身長170cm、体重50kg、ウエスト50cmという美貌に負けないくらいの完璧なスタイルを維持していたいいます。
彼女の晩年の肖像画は残っていない。

左上は、偉大なる女帝マリア・テレジアの11歳の時の肖像である。彼女は、恰幅のいい威厳のある肖像が多用されるので、あまりにも華奢な少女の女帝に目を奪われる。娘のマリー・アントワネットよりもずっと品があり見目麗しい。実は、この絵、実物は大きな絵ではないが、とても素晴らしい絵であった。
彼女は、16人の子を産んだ。彼女は、戦争ではなく婚姻によって平和的に国を栄えさせ、安定させていった。子を16人も産み、国を統べり、まさしく偉大な女帝であった。彼女には亡くなった兄がいた。彼が夭折したことを父のカール6世はどれほど悲しんだことだろう。皇女には恵まれても皇子には恵まれなかったカール6世の長女として彼女は立派に生きたが、こんなにか細く可愛らしい少女が、ハプスブルク家に更なる繁栄をもたらすと父王は予測しだだろうか。

左下はスペインハプスブルク家のマルガリータ王女。オーストリアハプスブルクに輿入れが決まっていたのベラスケスがせっせと王女の肖像画を描きウィーンに送っていた。≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫に比べ≪白衣の王女マルガリータ王女≫は、王女が成長している。

この絵は女の子にように見えるが、男の子である。

フェリペ4世の待望の世継ぎのフェリペ・プロスペロ王子。

マルガリータの6歳違いの弟です。

王子は病弱で、魔除けの鈴や病除けのハーブ入れなどを紐で吊るしている。

カール6世には、バルタサール・カルロスという皇太子がいたものの17歳で逝去。
姪にあたるマリアナと再婚し、やっと生まれたのが、フェリペ・プロスペロ王子でした。

ベラスケスはこの絵を描いた翌年に逝去。王子も4歳で早逝しています。


≪洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ≫ ルーカス・クラナッハ(父)

この絵はブタペスト国立西洋美術館蔵の絵である。
なんと、この絵のすばらしいことか。サロメを主題にした絵画は世界中の画家に描かれている。サロメを愛する私は、大いなる関心をもってその多くを観てきた。その中でも魂を強く揺さぶられるサロメであった。

ウィーン美術史美術館に、とてもよく似たユディトの絵がある。クラナッハは、このサロメを描く5年前にユディトを描いている。女性は違うが、胸元の首飾りはとてもよく似ており、視線もよく似ている。ユディトの方はホロフェルネスの首を台に置き首を落とした剣を掲げている。こちらも魅力的な絵で甲乙つけがたい。このサロメの顔はザクセン王女シドニアによく似ている。

クラナッハのサロメもユディトも同じような首飾りをつけている。
図録によれば、これは鉋屑をかたどったものであるそうだ。純金だとすると相当重いものであろう。


他に
≪若い男の肖像≫ ラファエロ ≪クレオパトラの自害≫ グイド・カニャッチ ≪悪魔を奈落に突き落とす大天使ミカエル≫ ムリーニョ

他、レンブラント、ヴァン・ダイク、ジョルジョーネ、デューラー、ティツアーノ、ティントレット、グレコ、スルバラン、ゴヤ、ブリューゲル、ルーベンス、ホーホ などが来日。

国立新美術館 2009年9月25日-12月14日
京都国立博物館 2010年1月6日-3月14日



2009年9月20日(日)   『だまし絵』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

トロンプ・ルイユ(だまし絵)と聞いて、一番に思い出したのはやはりエッシャーだが、次に思い出したのが、ハルス・ホルバインの≪大使たち≫。
立っている二人の大使の間に長いフランスパンのようなものが床に置かれている。
これは、フランスパンではなく、絵を見る方向を変えると頭蓋骨に見えるという不思議な絵で、エッシャーの絵とは全く手法の違いはあるが、普通の絵画でないことは確かである。

この展覧会のポスターは、アルチンボルドの≪ルドルフ二世≫で、いったい、トロンプ・ルイユの定義とはなんぞやと調べてみると、だまし絵の歴史は古く、室内の壁画を利用して架空の空間を愉しむものから、エッシャーのように次元的にありえないものを描いたものから、アルチンボルドや日本の寄せ絵のような種類のもの、ホルバインの≪大使たち≫のようなヴァニタスも取り入れた試みもトロンプ・ルイユの系譜に属するらしい。

今回の展覧会では、アルチンボルド、エッシャー、ダリ、マグリットなどのほか、歌川広重や国芳ほか日本画家の作品も多く出品されていた。

現代美術の出展として、デュシャンやマン・レイの作品のほか、まるで手品を見ているような、
≪水の都≫←この絵は歩きながら観るのだ! すると、不思議不思議。絵が変わっていく。
など、面白い作品が勢ぞろいしていた。

通常の展覧会と違い、お子さんたちが多く可愛い歓声があがっていたり、様々な角度から絵を観る人たちが多くいて、それぞれが楽しめるような展覧会だったようだ。


『だまし絵』展
名古屋市美術館 4月11日-6月7日 
Bunkamura ザ・ミュージアム 6月13日-8月16日
兵庫県立美術館 8月26日-11月3日 



2009年 3月21日(土)   『静物画の秘密』展  ウィーン美術史美術館蔵
兵庫県立美術館 神戸市灘区

ウィーン美術史美術館といえば、ハプスブルク家の名画コレクションとして知られた美術館である。
ヨーロッパに長期にわたって君臨した名門王家は、自国の領土を拡大し、隆盛を極めた時期には、現在の多くの国を領有していた。
そのため、コレクションの層の厚さは世界屈指であり、非常に興味深い美術館であるといえよう。

ウィーン美術史美術館のコレクションは、ここ数年の間に何度か来日している。
2003年、東京と京都で開かれた『ウィーン美術史美術館名品』展には、デューラー、カラヴァッジョ、レンブラント、アルチンボルド、ティントレット、ルーベンスなどが来日し、
2004年、東京と神戸で開かれた『栄光のオランダ・フランドル絵画』展には、フェルメール、レンブラント、ファン・ダイク、ルーベンス、ブリューゲル父子などが展示された。この展覧会は、フェルメール自身が愛した≪画家のアトリエ(絵画芸術)≫が公開されたので、人気の高い催しとなった。

今回の展覧会は、ウィーン美術史美術館が所蔵する絵画を、「静物画」というテーマで選び、ルーベンス、ベラスケス、ブリューゲル、スティーンなどの絵画70点余りが来日した。

作品は4つの章に分けられ、
第一章 市場、台所、ヴァニタスの静物
第二章 狩猟、果実、豪華な品々、花の静物
第三章 宗教、季節、自然と静物
第四章 風俗、肖像と静物

静物画といえば、私はカラヴァッジョの≪買い物籠≫をすぐ連想してしまうが、最初の静物画はヤコポ・デ・バルバリの≪鉄手袋と石弓の矢のある死んだ山鶫≫であろう。

今回、来日している作品は、フランドル、オランダの作品が圧倒的に多い。
17世紀には、静物画はブームのように隆盛を誇り、オランダではチューリップ・バブルが起こるほどの園芸フィーバー。
海運に明るいオランダには、中国の陶器や、南洋の貝々、珍しい品々などが溢れていた。

そのような中、静物画のなかにヴァニタスという観念が描き入れられるようになる。
ヴァニタスとは、ラテン語で「儚さ」を意味し、発展や命に対してのアフォリズムを表す。

静物画にもジャンルがさまざまだが、市井の人々や厨房のような活気がある静物画以外の静かな静物画のなかに、さりげなく置かれているヴァニタスを見つけるのが私はとても好きだ。

ベラスケスの≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫は、本展覧会の目玉の作品である。

ベラスケスは宮廷画家であったため、王家の人々を描いてきた。
一番、有名なのが、≪ラス・メニーナス≫であり、≪ラス・メニーナス≫の真ん中にいるのがマルガリータ王女である。

ハプスブルクのレオポルト1世と15歳で結婚。未来の后をスペインでベラスケスが描き、オーストリアにマルガリータの肖像画は送られていた。

マルガリータ王女は、21歳の若さで亡くなってしまったが、絵の中では永遠に行き続けている。

今回、来日した≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫は、マルガリータ2歳の時の肖像。
ベラスケスはマルガリータを5枚描いたといわれているが、ウィーン美術史美術館には8歳のマルガリータの『青いドレスのマルガリータ王女』などもする。

また、スペインではボデゴン(厨房画)が流行をみている。果物や器などの静物のほかに風俗画的要素もあるものもある。ベラスケスは宮廷画家になる以前、ボデゴンを描いていた。


『静物画の秘密』展  ウィーン美術史美術館蔵
国立新美術館 2008年7月2日-9月15日
宮城県美術館 2008年10月7日-12月14日
兵庫県立美術館 2009年1月6日-3月29日
青森県立美術館 2009年4月11日-6月14日




2008年 8月30日(土)   『モディリアーニ』展
国立国際美術館 大阪中ノ島

1884年、イタリアで生まれたモディリアーニは24歳の時パリに出る。
ブランクシーや黒人彫刻の影響を受けて彫刻を志すも画家に転じた。
本展覧会は、原始美術の影響の色濃い初期の<カリアティッド>の作品群から、独自の画風を確立した晩年に至るまでの肖像画を世界中から集めた。

モディリアーニは、エコール・ド・パリを代表する画家だが、初期の作品はプリミティヴィスム(原始主義)に根ざしており、その影響は油彩の肖像画へ向っていく。

訪れたのは展覧会期間の終盤。夏休み最後の土曜日ということもあってか、想像より入館者数が多くびっくりした。
国立新美術館と国立国際美術館の二箇所で開かれるこの展覧会だが、モディリアーニ展は国内でもうひとつ開催されていた。
関西では、姫路市立美術館で同時期に開かれており、両展覧会ではコンセプトが違うので入館者が私のように選択してどちらかに行ったか、相乗作用で両方に行かれたという方もいらっしゃっただろう。

本展覧会は、初期から晩年までの作品を油彩、素描約150点から構成されてていて、国内では過去最大級のものであった。

個人蔵の作品の出品が大部分を占め、このような展覧会でしか見られない作品を多く見られた。
しかし、パリで多く見られるパリの美術館のモディリアーニ作品は1点も出品されておらず、名古屋市美術館の<おさげ髪の少女>も姫路の方の展覧会に出品されていたようだ。

それでも、ジャンヌ・エビュテルヌのはじめて見る複数の肖像画や、モディリアーニと関わりのあったスーティンやマリー・ローランサン、ジャンヌと知り合う前に恋人であったベアトリス・ヘイスティングス、画商のポール・ギョームなどの未見の肖像画を見ることが出来た。



モディリアーニが描いたポール・ギョームの有名な肖像画はオランジュリー美術館で見ることが出来たが、きていなかった。
ジャンヌ・エビュテルヌの代表的な肖像画の<大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ>は、(個人蔵(パリの))出品されていた。


 図録

真っ白い表紙の右上に<少女の肖像(ユゲット)>がちょこんと座る図録は、とても趣味のいいもので、通常の図録よりも小さめであり、図録というよりも1冊の本のようでステキである。


『モディリアーニ』展
国立新美術館2008年3月26日-2008年6月9日
国立国際美術館2008年7月1日-9月15日



2008年 6月 19日(木)   『マリー=アントワネット』展
グラン・パレ・ナショナル・ギャラリー Galeries nationales du Grand Palais   France-Paris

グラン・パレは1900年パリ万博の会場として建設されたパリ右岸に位置するアール・ヌーヴォーの美しい建物である。
グランパレに企画展専門の美術館としてグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーが1966年に開館した。

グラン・パレ・ナショナル・ギャラリーは、世界でも話題にのぼる数々の企画展を開催しており、今回の『マリー=アントワネット』展も非常に内容の充実したものであった。

私たちがグラン・パレの会場に着いたのは夕刻近く。
展覧会入り口から続く長蛇の列を見て驚いてしまった。今回Franceで多くの美術館を回ったが、一番入場まで待たされた展覧会であった。

入場者は地元パリっ子やヨーロッパ各地から来たであろう人たちが主だった気がする。日本人は、2組ほど見かけたが、いずれもパリ在住か、個人旅行で数回渡仏している人のように見えた。

あまりの行列なので、私たちは入り口近くにあるベンチで座っていた。
行くぞー!と思って来たもの凄い人で並ぶのが大変そうで「どうするぅ?」という気になってしまった。
でも結局、小雨降るなか行列に並び、『マリー=アントワネット』展 しっかりと見てきました。
入口近くでは雨が降るのにクラリネットを生演奏してくれる人がいました。

さすがグラン・パレの企画展! 展示の仕方、展覧会の雰囲気も日本国内ではお目にかかれないような凝り様でした。

マリー=アントワネットに関するものをヨーロッパ中から集め、今回の出展品は300点以上。
マリー=アントワネットの肖像画だけでも幼少時からギロチンの露と消える寸前のダヴィットのスケッチまで数多く展覧されていた。はじめて見るものも多かった。

絵画だけでなく、調度品などやマリー=アントワネット関連のなかなか集まらないものが展示されていた。
マリア=テレジアとの往復書簡、マリー=アントワネットの最後の手紙など手紙や文献も見られた。

波乱の短い生涯を駆け抜けたフランスの王妃が処刑されたコンコルド広場はグラン・パレから程近い。

この企画展の入場券も凝っていて、出品の展示品がticketとして発券され、それぞれが違うものを持つ。私はマリー=アントワネットの鏡台の印刷されたものだった。


『マリー=アントワネット』展
Galeries nationales du Grand Palais 2008年3月15日-6月30日



2008年 2月 21日(木)   『ムンク』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

オスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に全108点のムンク作品を展示。

「吸血鬼」「不安」「声/夏の夜」「生命のダンス」などムンクの代表作も来日し、関西では久々の大規模なムンク展である。

平日に行ったにもかかわらず、多くの人で会場は賑わっていました。

ムンクといえば、ノルウェーを代表する画家で、殊に「叫び」は有名で、日本でもよくそのコピーを目にする。
赤色の曲線の空、海の上に架かる橋の上で両耳を押さえ、叫ぶ髪の毛のない黒い服を着た人物。橋の向こうにはふたりの人影。2004年には盗難に遭い無事発見される。
今日、『叫び』共々ムンクの作品はノルウェーだけでなく、世界の至宝である。

関西では、何十年か前に、ムンクの大きな展覧会が開かれたらしいが、私は見たことがない。
大原美術館が、ムンクの版画を何点か所蔵していて、何度か大原で、「マドンナ」や「吸血鬼」を見たことがあるが、こんなにもムンクを観たのははじめてであった。

ムンクは自分の心の奥底を表出させた作品を主に描き、それらの作品群を<生命のフリーズ>と題している。

恋愛のもつれから、発砲事件がおこり、ムンクは左指の中指第二関節を失ったという。勿論、この事件のあとも絵画制作は行われ、その作品は自分のアトリエに飾られたりし、今回の展覧会では、アトリエを再現した様子も紹介されていた。



『ムンク』展
国立西洋美術館2007年10月6日-2008年1月6日
兵庫県立美術館2008年1月19日-3月30日



1件〜25件/111件

☆Crux ver 1.00 by kz island