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MOREAUのこひびと--真白の美術館日記


2011年10月15日(土)   『ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展
京都市美術館 京都市左京区

ワシントン・ナショナル・ギャラリーは開館70年を機に大規模改修工事が行われている。

今回、ワシントン・ナショナル・ギャラリーより、印象派とポスト印象派の作品から、日本初公開約50点を含む83点が来日。

コロー、デュプレ、クールベ、マネ、ラトゥール、ピサロ、ドガ、シスレー、モネ、モリゾ、ルノワール、カイユボット、セザンヌ、ゴーギャン、ロートレック、ゴッホ、スーラなど印象派好きの日本人には馴染みのある画家たちの作品が並ぶ。

特記すべきは、知っている画家たちの日本未公開の絵がこの展覧会では50点も見られることである。

ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展
国立新美術館2011年6月8日-9月5日
京都市美術館2011年9月13日-11月27日



2011年10月15日(土)   『フェルメールからのラブレター』展
京都市美術館 京都市左京区

京都市美術館に着いたのは、展覧会終了前日の16時前だった。

閉館の1時間前(入場可30分前)だというのに、美術館の前は長蛇の列。

フェルメールが三枚来日。展覧会終了前日。『ワシントン・ナショナル・ギャラリー』展の同時開催。広告効果。展覧会のネーミング。混雑する理由はいくつかあった。

それにしても多くの人が来館していた。美術館に入る前も待たされ、入ってからも幾度かストップさせられた。

それでも、2000年に大阪市立美術館にフェルメール作品が5枚来日した時よりは、人出はマシだったかもしれない。

フェルメールフィーバーが、日本に巻き起こっている理由は、いくつかあると思うが、大阪の5枚来日が大きなきっかけのひとつだと感じる。
その後、日本には、1枚フェルメールが来るだけで、展覧会は賑わいを見せるようになった。

今回来日したフェルメール作品は手紙を読んでいる人、書こうとしている人、熱心にペンを走らせている人を描いている3作品である。

フェルメール
≪手紙を読む青衣の女≫ アムステルダム国立美術館

この絵を見るのは2度目である。
アムステルダムでこの絵を私が見たのは2007年のことだ。

2010年から修復が行われ、今回、修復後初の公開となる。フェルメールの青が鮮やかに蘇り、窓から差し込む光も感じられる。

見違えた青衣の女に日本で再会できたのは幸運に思う。

フェルメール
≪手紙を書く女≫ ワシントン・ナショナル・ギャラリー

現存するフェルメール作品は35点前後と言われている。そのうち、真偽の分かれるものもあり、また真作で埋もれているものもあると思われる。

フェルメールの本国のオランダには、アムスとデン・ハーグと合わせて7枚に対して、アメリカは贋作疑惑1枚 盗難中1枚もあわせると14枚と世界分布からいくとフェルメールを多く所蔵している国だと言える。
この絵は、アーミン毛皮で縁取られたコートの黄色が眩しい。真珠の大きな耳飾りをし、羽ペンを握る。


フェルメール
≪手紙を書く女と召使い≫ アイルランド・ナショナル・ギャラリー

この絵は、二度盗難に遭っている。
紆余曲折を経て、無事に戻り、また、日本でこの絵を見られることを嬉しく思う。

召使の後ろに架けられている大きな絵の主題は「モーセの発見」である。女が熱心に書いているのは、恋文かどうかはわからない。


実は、このフェルメール作品3枚とも恋文に関係しているかどうかはわからない。展覧会のネーミングとしてはなかなか巧妙である。

フェルメールのほかにもホーホやヤン・スティーン、ヘリット・ダウなど40点が来日している。

展覧会グッズもまずまず充実していた。 


『フェルメールからのラブレター』展
京都市美術館2011年6月25日-10月16日
宮城県美術館2011年10月27日-12月12日
Bunkamuraザ・ミュージアム2011年12月23日-2012年3月14日



2011年10月15日(土)   『細川家の至宝』展
京都国立博物館 京都市東山区

江戸時代から戦後にかけて所在した広大な細川家の屋敷跡に細川家の所蔵物を護るため16代護立が設立した永青文庫より厳選された品々が公開されている展覧会。

徳川幕府の御家人からはじまる細川家は文武両道としても知られている。
現在の細川家は藤孝(幽斎)を初代として、武人藤孝は優れた歌人・国文学者として、また明智光秀の三女で細川家に嫁いだガラシアゆかりのものなど細川家に伝わる至宝が展示されている。
また、護立の蒐集した逸品もずらりと並ぶ。


『細川家の至宝』展
京都国立博物館2011年10月8日-11月23日
九州国立博物館2012年1月1日-3月4日



2010年10月26日(土)   『ザ・コレクション・ヴィンタートゥール』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

ヴィンタートゥールは、スイス6番目の都市で、チューリッヒのすぐ近くに位置する。

ヴィンタートゥール美術館は、ヴィンタートゥールのいくつかの美術館のなかで、一番歴史のある美術館であり、ヨーロッパ近現代の美術コレクションを有する美術館。

今回の展覧会では、展示される90作品すべてが日本初公開である。

私たちがよく知っている画家たちの見たことのない作品が見られるわけである。

ヴィンタートゥールという都市はチューリッヒのすぐ近くにあることすら、私は知らなかった。スイスでは、チューリッヒ美術館には立ち寄っただけで帰国した。多くの日本人が、ヴィンタートゥール美術館には訪れたことはないであろう。

たとえば、日本の大原美術館などがそうであるように、ヨーロッパの小都市にも、コレクションの充実した美術館がある。ヴィンタートゥールもそういう街のひとつのようだ。

≪アルザスまたは読書する修道僧≫ ルドン

私たちのよく知っているルドンの色彩である。

修道僧が読んでいる書物の表紙に「アルザス」と記されている。

ルドンの作品は、日本では岐阜県立美術館のコレクションが有名である。

この絵の赤は、ギュスターヴ・モローの赤に似ている。モローの使う濃くない方の赤。

この作品は死の2年前に描かれた。


≪ブルターニュの港≫ ルドン

この風景画は、ルドンが30代後半に描いたものらしい。

屋外、それも写実性のある作品で意外性がある。ちょうどこの頃、よく知られる特異的な版画の作成を行っていた。

眼球を空に飛ばしたり、植物の実に顔をつけ発光させてみたり、今にも這い出しそうな人面蜘蛛は、私たちにインパクトを与えたが、この風景画はルドンの別の心象風景を見ているようで新鮮である。


≪室内、夜の効果≫ ヴュイヤール

ナビ派の一人であるヴュイヤールの作品。

ヴュイヤールは、室内の画家とも言われたが、この絵に描かれているのもよく彼の絵のモデルとして登場する母親と姉の二人である。

ヴュイヤールの描く奇妙な静寂が好きだ。

この絵もじっと見つめているとこの部屋にスーッと吸い込まれそうになる。


≪赤ん坊のお祝い!≫ アンリ・ルソー

この絵は、誕生日、あるいは洗礼式の記念として注文をうけて描かれたものらしい。

それにしても画面に大きく描かれた赤ん坊はジャンボでそうも遠くには感じない木よりずっと大きい。
摘んだ花を服で包むように持ち上げているが、この服は一体どのようなつくりになっているのだろう?前後が下半身から花を摘む用にぱっかり割れているようではないか?(笑)
きれいなお花を摘んだのに赤ん坊の顔は得意そうでもなく、どちらかといえば不機嫌そうで、左手に持つおもちゃ(当時人気の道化役ポリシネルというらしい)の人形もお手上げというかんじでユーモラスだ。

独自路線を貫いたアンリ・ルソーらしさがよく出ている作品だと思う。

他、ドラクロワ、コロー、モネ、シスレー、ピサロ、モネ、ルノワール、ゴッホ、ゴーギャン、ロダン、マイヨール、ホードラー、ジャコメッティ、ドニ、ボナール、ユトリロ、ココシュカ、カンディンスキー、クレー、ベックマン、ピカソ、ブラック、レジェ、マグリット、モランディなどの作品が展示されている。

『ザ・コレクション・ヴィンタートゥール』展
宇都宮美術館 2010年6月13日-7月25日
世田谷美術館 2010年8月7日-10月11日
兵庫県立美術館 2010年10月21日-12月26日
長崎県美術館 2011年1月21日-3月27日



2010年 2月19日(金)   『THE ハプスブルク』展
京都国立博物館 京都市東山区

ウィーン美術史美術館とブタペスト国立西洋美術館の所蔵品からハプスブルク家ゆかりの絵画、工芸品訳20点からから成る展覧会。

ハプスブルクの至宝と聞くとそれだけで興味津々である。下に書いてあるように、私は、ハプスブルク家関係やオーストリア美術史美術館のものを見てきた。

この展覧会は、実に内容の充実した展覧会であった。

日本では、東京から京都と2会場で開催された展覧会だが、東京と同じく、京都会場も多くの人に賑わっていた。

今回の展覧会の目玉の三枚であり、ハプスブルク家の3人の女たちである。

右上の白い衣装の絵は、ご存知オーストリア帝国の事実上の最後の皇帝であるヨーゼフ一世の后で非業の死を遂げるエリーザベト后妃である。
シシィの愛称で知られる彼女を紹介する時、この絵が多用されるので、この絵=シシィのイメージを持っている人も多いことだろう。
実際の絵は、思っていたよりもずっとカンバスが大きく、彼女の美しい顔は見上げるような形になる。
この絵が描かれた当時、シシィは28歳だった。もうすでにのちに皇太子(彼はのちに心中自殺)となる三人の子供を生み(のちにもう一子王女を生む)、皇后としての自信に溢れていよう時期である。だが、彼女の類を見ない美しいかんばせの中に、王室、または姑のゾフィー大公妃との確執のなかの孤独が表現されているような気がした。
シシィは、身長170cm、体重50kg、ウエスト50cmという美貌に負けないくらいの完璧なスタイルを維持していたいいます。
彼女の晩年の肖像画は残っていない。

左上は、偉大なる女帝マリア・テレジアの11歳の時の肖像である。彼女は、恰幅のいい威厳のある肖像が多用されるので、あまりにも華奢な少女の女帝に目を奪われる。娘のマリー・アントワネットよりもずっと品があり見目麗しい。実は、この絵、実物は大きな絵ではないが、とても素晴らしい絵であった。
彼女は、16人の子を産んだ。彼女は、戦争ではなく婚姻によって平和的に国を栄えさせ、安定させていった。子を16人も産み、国を統べり、まさしく偉大な女帝であった。彼女には亡くなった兄がいた。彼が夭折したことを父のカール6世はどれほど悲しんだことだろう。皇女には恵まれても皇子には恵まれなかったカール6世の長女として彼女は立派に生きたが、こんなにか細く可愛らしい少女が、ハプスブルク家に更なる繁栄をもたらすと父王は予測しだだろうか。

左下はスペインハプスブルク家のマルガリータ王女。オーストリアハプスブルクに輿入れが決まっていたのベラスケスがせっせと王女の肖像画を描きウィーンに送っていた。≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫に比べ≪白衣の王女マルガリータ王女≫は、王女が成長している。

この絵は女の子にように見えるが、男の子である。

フェリペ4世の待望の世継ぎのフェリペ・プロスペロ王子。

マルガリータの6歳違いの弟です。

王子は病弱で、魔除けの鈴や病除けのハーブ入れなどを紐で吊るしている。

カール6世には、バルタサール・カルロスという皇太子がいたものの17歳で逝去。
姪にあたるマリアナと再婚し、やっと生まれたのが、フェリペ・プロスペロ王子でした。

ベラスケスはこの絵を描いた翌年に逝去。王子も4歳で早逝しています。


≪洗礼者聖ヨハネの首を持つサロメ≫ ルーカス・クラナッハ(父)

この絵はブタペスト国立西洋美術館蔵の絵である。
なんと、この絵のすばらしいことか。サロメを主題にした絵画は世界中の画家に描かれている。サロメを愛する私は、大いなる関心をもってその多くを観てきた。その中でも魂を強く揺さぶられるサロメであった。

ウィーン美術史美術館に、とてもよく似たユディトの絵がある。クラナッハは、このサロメを描く5年前にユディトを描いている。女性は違うが、胸元の首飾りはとてもよく似ており、視線もよく似ている。ユディトの方はホロフェルネスの首を台に置き首を落とした剣を掲げている。こちらも魅力的な絵で甲乙つけがたい。このサロメの顔はザクセン王女シドニアによく似ている。

クラナッハのサロメもユディトも同じような首飾りをつけている。
図録によれば、これは鉋屑をかたどったものであるそうだ。純金だとすると相当重いものであろう。


他に
≪若い男の肖像≫ ラファエロ ≪クレオパトラの自害≫ グイド・カニャッチ ≪悪魔を奈落に突き落とす大天使ミカエル≫ ムリーニョ

他、レンブラント、ヴァン・ダイク、ジョルジョーネ、デューラー、ティツアーノ、ティントレット、グレコ、スルバラン、ゴヤ、ブリューゲル、ルーベンス、ホーホ などが来日。

国立新美術館 2009年9月25日-12月14日
京都国立博物館 2010年1月6日-3月14日



2009年9月20日(日)   『だまし絵』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

トロンプ・ルイユ(だまし絵)と聞いて、一番に思い出したのはやはりエッシャーだが、次に思い出したのが、ハルス・ホルバインの≪大使たち≫。
立っている二人の大使の間に長いフランスパンのようなものが床に置かれている。
これは、フランスパンではなく、絵を見る方向を変えると頭蓋骨に見えるという不思議な絵で、エッシャーの絵とは全く手法の違いはあるが、普通の絵画でないことは確かである。

この展覧会のポスターは、アルチンボルドの≪ルドルフ二世≫で、いったい、トロンプ・ルイユの定義とはなんぞやと調べてみると、だまし絵の歴史は古く、室内の壁画を利用して架空の空間を愉しむものから、エッシャーのように次元的にありえないものを描いたものから、アルチンボルドや日本の寄せ絵のような種類のもの、ホルバインの≪大使たち≫のようなヴァニタスも取り入れた試みもトロンプ・ルイユの系譜に属するらしい。

今回の展覧会では、アルチンボルド、エッシャー、ダリ、マグリットなどのほか、歌川広重や国芳ほか日本画家の作品も多く出品されていた。

現代美術の出展として、デュシャンやマン・レイの作品のほか、まるで手品を見ているような、
≪水の都≫←この絵は歩きながら観るのだ! すると、不思議不思議。絵が変わっていく。
など、面白い作品が勢ぞろいしていた。

通常の展覧会と違い、お子さんたちが多く可愛い歓声があがっていたり、様々な角度から絵を観る人たちが多くいて、それぞれが楽しめるような展覧会だったようだ。


『だまし絵』展
名古屋市美術館 4月11日-6月7日 
Bunkamura ザ・ミュージアム 6月13日-8月16日
兵庫県立美術館 8月26日-11月3日 



2009年 3月21日(土)   『静物画の秘密』展  ウィーン美術史美術館蔵
兵庫県立美術館 神戸市灘区

ウィーン美術史美術館といえば、ハプスブルク家の名画コレクションとして知られた美術館である。
ヨーロッパに長期にわたって君臨した名門王家は、自国の領土を拡大し、隆盛を極めた時期には、現在の多くの国を領有していた。
そのため、コレクションの層の厚さは世界屈指であり、非常に興味深い美術館であるといえよう。

ウィーン美術史美術館のコレクションは、ここ数年の間に何度か来日している。
2003年、東京と京都で開かれた『ウィーン美術史美術館名品』展には、デューラー、カラヴァッジョ、レンブラント、アルチンボルド、ティントレット、ルーベンスなどが来日し、
2004年、東京と神戸で開かれた『栄光のオランダ・フランドル絵画』展には、フェルメール、レンブラント、ファン・ダイク、ルーベンス、ブリューゲル父子などが展示された。この展覧会は、フェルメール自身が愛した≪画家のアトリエ(絵画芸術)≫が公開されたので、人気の高い催しとなった。

今回の展覧会は、ウィーン美術史美術館が所蔵する絵画を、「静物画」というテーマで選び、ルーベンス、ベラスケス、ブリューゲル、スティーンなどの絵画70点余りが来日した。

作品は4つの章に分けられ、
第一章 市場、台所、ヴァニタスの静物
第二章 狩猟、果実、豪華な品々、花の静物
第三章 宗教、季節、自然と静物
第四章 風俗、肖像と静物

静物画といえば、私はカラヴァッジョの≪買い物籠≫をすぐ連想してしまうが、最初の静物画はヤコポ・デ・バルバリの≪鉄手袋と石弓の矢のある死んだ山鶫≫であろう。

今回、来日している作品は、フランドル、オランダの作品が圧倒的に多い。
17世紀には、静物画はブームのように隆盛を誇り、オランダではチューリップ・バブルが起こるほどの園芸フィーバー。
海運に明るいオランダには、中国の陶器や、南洋の貝々、珍しい品々などが溢れていた。

そのような中、静物画のなかにヴァニタスという観念が描き入れられるようになる。
ヴァニタスとは、ラテン語で「儚さ」を意味し、発展や命に対してのアフォリズムを表す。

静物画にもジャンルがさまざまだが、市井の人々や厨房のような活気がある静物画以外の静かな静物画のなかに、さりげなく置かれているヴァニタスを見つけるのが私はとても好きだ。

ベラスケスの≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫は、本展覧会の目玉の作品である。

ベラスケスは宮廷画家であったため、王家の人々を描いてきた。
一番、有名なのが、≪ラス・メニーナス≫であり、≪ラス・メニーナス≫の真ん中にいるのがマルガリータ王女である。

ハプスブルクのレオポルト1世と15歳で結婚。未来の后をスペインでベラスケスが描き、オーストリアにマルガリータの肖像画は送られていた。

マルガリータ王女は、21歳の若さで亡くなってしまったが、絵の中では永遠に行き続けている。

今回、来日した≪薔薇色の衣装のマルガリータ王女≫は、マルガリータ2歳の時の肖像。
ベラスケスはマルガリータを5枚描いたといわれているが、ウィーン美術史美術館には8歳のマルガリータの『青いドレスのマルガリータ王女』などもする。

また、スペインではボデゴン(厨房画)が流行をみている。果物や器などの静物のほかに風俗画的要素もあるものもある。ベラスケスは宮廷画家になる以前、ボデゴンを描いていた。


『静物画の秘密』展  ウィーン美術史美術館蔵
国立新美術館 2008年7月2日-9月15日
宮城県美術館 2008年10月7日-12月14日
兵庫県立美術館 2009年1月6日-3月29日
青森県立美術館 2009年4月11日-6月14日




2008年 8月30日(土)   『モディリアーニ』展
国立国際美術館 大阪中ノ島

1884年、イタリアで生まれたモディリアーニは24歳の時パリに出る。
ブランクシーや黒人彫刻の影響を受けて彫刻を志すも画家に転じた。
本展覧会は、原始美術の影響の色濃い初期の<カリアティッド>の作品群から、独自の画風を確立した晩年に至るまでの肖像画を世界中から集めた。

モディリアーニは、エコール・ド・パリを代表する画家だが、初期の作品はプリミティヴィスム(原始主義)に根ざしており、その影響は油彩の肖像画へ向っていく。

訪れたのは展覧会期間の終盤。夏休み最後の土曜日ということもあってか、想像より入館者数が多くびっくりした。
国立新美術館と国立国際美術館の二箇所で開かれるこの展覧会だが、モディリアーニ展は国内でもうひとつ開催されていた。
関西では、姫路市立美術館で同時期に開かれており、両展覧会ではコンセプトが違うので入館者が私のように選択してどちらかに行ったか、相乗作用で両方に行かれたという方もいらっしゃっただろう。

本展覧会は、初期から晩年までの作品を油彩、素描約150点から構成されてていて、国内では過去最大級のものであった。

個人蔵の作品の出品が大部分を占め、このような展覧会でしか見られない作品を多く見られた。
しかし、パリで多く見られるパリの美術館のモディリアーニ作品は1点も出品されておらず、名古屋市美術館の<おさげ髪の少女>も姫路の方の展覧会に出品されていたようだ。

それでも、ジャンヌ・エビュテルヌのはじめて見る複数の肖像画や、モディリアーニと関わりのあったスーティンやマリー・ローランサン、ジャンヌと知り合う前に恋人であったベアトリス・ヘイスティングス、画商のポール・ギョームなどの未見の肖像画を見ることが出来た。



モディリアーニが描いたポール・ギョームの有名な肖像画はオランジュリー美術館で見ることが出来たが、きていなかった。
ジャンヌ・エビュテルヌの代表的な肖像画の<大きな帽子をかぶったジャンヌ・エビュテルヌ>は、(個人蔵(パリの))出品されていた。


 図録

真っ白い表紙の右上に<少女の肖像(ユゲット)>がちょこんと座る図録は、とても趣味のいいもので、通常の図録よりも小さめであり、図録というよりも1冊の本のようでステキである。


『モディリアーニ』展
国立新美術館2008年3月26日-2008年6月9日
国立国際美術館2008年7月1日-9月15日



2008年 6月 19日(木)   『マリー=アントワネット』展
グラン・パレ・ナショナル・ギャラリー Galeries nationales du Grand Palais   France-Paris

グラン・パレは1900年パリ万博の会場として建設されたパリ右岸に位置するアール・ヌーヴォーの美しい建物である。
グランパレに企画展専門の美術館としてグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーが1966年に開館した。

グラン・パレ・ナショナル・ギャラリーは、世界でも話題にのぼる数々の企画展を開催しており、今回の『マリー=アントワネット』展も非常に内容の充実したものであった。

私たちがグラン・パレの会場に着いたのは夕刻近く。
展覧会入り口から続く長蛇の列を見て驚いてしまった。今回Franceで多くの美術館を回ったが、一番入場まで待たされた展覧会であった。

入場者は地元パリっ子やヨーロッパ各地から来たであろう人たちが主だった気がする。日本人は、2組ほど見かけたが、いずれもパリ在住か、個人旅行で数回渡仏している人のように見えた。

あまりの行列なので、私たちは入り口近くにあるベンチで座っていた。
行くぞー!と思って来たもの凄い人で並ぶのが大変そうで「どうするぅ?」という気になってしまった。
でも結局、小雨降るなか行列に並び、『マリー=アントワネット』展 しっかりと見てきました。
入口近くでは雨が降るのにクラリネットを生演奏してくれる人がいました。

さすがグラン・パレの企画展! 展示の仕方、展覧会の雰囲気も日本国内ではお目にかかれないような凝り様でした。

マリー=アントワネットに関するものをヨーロッパ中から集め、今回の出展品は300点以上。
マリー=アントワネットの肖像画だけでも幼少時からギロチンの露と消える寸前のダヴィットのスケッチまで数多く展覧されていた。はじめて見るものも多かった。

絵画だけでなく、調度品などやマリー=アントワネット関連のなかなか集まらないものが展示されていた。
マリア=テレジアとの往復書簡、マリー=アントワネットの最後の手紙など手紙や文献も見られた。

波乱の短い生涯を駆け抜けたフランスの王妃が処刑されたコンコルド広場はグラン・パレから程近い。

この企画展の入場券も凝っていて、出品の展示品がticketとして発券され、それぞれが違うものを持つ。私はマリー=アントワネットの鏡台の印刷されたものだった。


『マリー=アントワネット』展
Galeries nationales du Grand Palais 2008年3月15日-6月30日



2008年 2月 21日(木)   『ムンク』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

オスロ市立ムンク美術館の所蔵作品を中心に全108点のムンク作品を展示。

「吸血鬼」「不安」「声/夏の夜」「生命のダンス」などムンクの代表作も来日し、関西では久々の大規模なムンク展である。

平日に行ったにもかかわらず、多くの人で会場は賑わっていました。

ムンクといえば、ノルウェーを代表する画家で、殊に「叫び」は有名で、日本でもよくそのコピーを目にする。
赤色の曲線の空、海の上に架かる橋の上で両耳を押さえ、叫ぶ髪の毛のない黒い服を着た人物。橋の向こうにはふたりの人影。2004年には盗難に遭い無事発見される。
今日、『叫び』共々ムンクの作品はノルウェーだけでなく、世界の至宝である。

関西では、何十年か前に、ムンクの大きな展覧会が開かれたらしいが、私は見たことがない。
大原美術館が、ムンクの版画を何点か所蔵していて、何度か大原で、「マドンナ」や「吸血鬼」を見たことがあるが、こんなにもムンクを観たのははじめてであった。

ムンクは自分の心の奥底を表出させた作品を主に描き、それらの作品群を<生命のフリーズ>と題している。

恋愛のもつれから、発砲事件がおこり、ムンクは左指の中指第二関節を失ったという。勿論、この事件のあとも絵画制作は行われ、その作品は自分のアトリエに飾られたりし、今回の展覧会では、アトリエを再現した様子も紹介されていた。



『ムンク』展
国立西洋美術館2007年10月6日-2008年1月6日
兵庫県立美術館2008年1月19日-3月30日



2007年 7月26日(木)   『プラハ国立美術館』展
Bunkamuraザ・ミュージアム 東京渋谷

『プラハ国立美術館』展 ルーベンスとブリューゲルの時代

チェコのプラハ国立美術館より、同館所蔵の17世紀のフランドル絵画に焦点をあて開催された美術展。

当時のフランドルは、ハプスブルク家の支配下にあり、芸術品はプラハにも所蔵されることになる。

ルーベンスの絵画は世界各国の美術館に点在しているが、プラハ国立美術館にもあり、今回は工房の作も含め、10点ほどが来日している。

≪バベルの塔≫や≪ネーデルラントのことわざ≫≪悪女フリート≫などを描いたブリューゲルは大ブリューゲルといわれている。
この大ブリューゲルの子孫たちから多くの画家が輩出され、ブリューゲルファミリーと呼ばれている。
よくブリューゲル父 とか ブリューゲル子 という表示をされている。
大ブリューゲル=ピーテル・ブリューゲルの絵は、いくら息子たちが父を模倣しつつ流れを継承しても、独特の絵の質感があるので見分けることが出来る。
今回の展覧会では、大ブリューゲルではなく、その息子のピーテル・ブリューゲル(長男で「子」などと紹介される)や、花の静物画や風景画を好んだヤン・ブリューゲル、その息子で同名のヤン・ビューゲル(子と表記)が多く来日。
その他、ブリューゲルの子孫のヤン・ヴァン・ケッセルなどブリューゲル一族の作品が多く展示されている。

会場には、ブリューゲルの家系図もあり、納得しながら前に進むが、あまりに一族の数が多いため混乱してしまうこともしばしば。(笑)

ヤン・ブリューゲルの≪陶器の花瓶に生けた花≫は、咲く季節の異なる花が活けられている。花器は、中国の陶器で、特に東欧が熱心であった、中国や日本の陶器コレクションを想起させる。

プラハ国立美術館が、大ブリューゲルの絵を所蔵しているかどうかは知らないが、「ルーベンスとブリューゲルの時代
」という副題を掲げるなら、大ブリューゲルが一枚も来日していないのは少々痛い。


Bunkamuraザ・ミュージアム 2007年6月9日-7月22日
鹿児島市立美術館 2007年7月28日-9月2日
山梨県立美術館 2007年9月8日-10月14日
奥田元宋・小由女美術館 2007年10月20日-12月2日
愛媛県美術館 2007年2月9日-3月30日




2007年 7月20日(金)   『パルマ―イタリア美術、もう一つの都』展
国立西洋美術館 東京上野

イタリアには旅したが、パルマには行ったことがない。

パルマといえば、ハムやチーズ! 文学では、スタンダールの『パルムの僧院』、サッカーなどなど、地理的にもミラノに近く訪れやすいところだ。

そのパルマの美術を16世紀から17世紀にかけてスポットをあて、パルマ国立美術館蔵の作品を中心に約100点によって構成されている展覧会。

フィレンツェにも程近いパルマで、ルネサンスに活躍したコレッジョとパルミジャニーノの作品は、優雅で美しく、神話や聖書の主題もわかりやすく表現されている。

16世紀にパルマの領主となったファルネーゼ家の歴代君主たちの肖像は、系図を見ながら進む。ファルネーゼ家は芸術家のパトロンでもあった。

コレッジョ以後、パルマ派独自のマニエリスムが花咲き、その後、バロックへと時代はうつってゆく。

この絵は、ジョルジョ・ガンディーニ・デル・グラーノの≪聖母子と幼い洗礼者ヨハネ、聖エリザベツ、マグダラのマリア≫だが、
マリア、イエス、ヨハネ、エリザベツの年齢はあっているものの、マリアの横にいるマグダラのマリアが女性として描かれており、なぜだろうと思ったりした。

この展覧会の音声ガイドの声は錦織健さん。17世紀の貴重な楽譜を元に演奏された曲も聴ける。

展覧会を出たショップでは、ハムやチーズやワインが販売されていた。

ちょうど金曜日だったので夜まで美術館が開館しており、夜に訪れた。
夜だが、結構人が入ってたように思う。
仲良しの千秋と一緒に観る。東京と神戸で離れて住んでいるのでなかなか会えないが、しょっちゅうネットで話しているので久しぶりに会っても久しぶりという気がしない。彼女と展覧会に来るのは大好きだ。絵を見るテンポのようなものや相性がピッタリなのである。

『パルマ―イタリア美術、もう一つの都』展
国立西洋美術館 2007年5月29日-8月26日



2007年 7月20日(金)   『インカ・マヤ・アステカ』展
国立科学博物館 東京上野

久しぶりに会った関東在住の歌人さんと一緒に訪れる。

マヤ文明はユカタン半島(現在のグアテマラやメキシコなど)を中心に紀元前四世紀から約二千年も栄えた文明。
ジャングルの中で発展し、絵を組み合わせたような独自の文字があった。最近、このマヤの文字が解読され、文明の謎が次々と解かれている。
エル・カスティーヨ・ピラミッド(ククルカン(羽毛の生えた蛇))は、春分と秋分に階段にヘビの姿を映し出す。
マヤからは翡翠がよく採れたらしいが、翡翠の仮面や装飾版、蓋付き容器なども展示されていて、とてもきれいだった。

アステカ文明は、14世紀から16世紀に現在のメキシコに発展した文明。
テスココ湖という湖のなかに都市を作り栄えた。
太陽や月などの天体や自然の物を崇拝し、供物の献上だけではなく、生贄もさかんに捧げられた。
今回の展覧会では、色々な神を形にしたものや、人身供犠の副葬品などが来日している。

インカ文明は、15世紀に現在のペルーを中心に栄えた文明。
マチュピチュや高度な石造りの都市を作った。
インカ文明の展示品は、金のものが多くきらびやかな印象だ。
インカ文明は文字を持たない文明といわれているが、キープという放射状に広がるネックレスのようなものの結び目が、文字の役割をしたそうで南北に長い国家を飛脚がキープを身につけ走り回ったという。
座位の父子のミイラはきれいなまま保存されていた。

この展覧会は神戸、岡山、福岡と巡回するが、上京したので早めに観覧した。
南米で栄えた三つの文明を見どころを押さえて構成されている。
会場を出た所のグッズのショップは、他の展覧会に比べとても充実しており、アンデスのお店などもあった。


『インカ・マヤ・アステカ』展
国立科学博物館 2007年7月14日-9月24日
神戸市立博物館 2007年10月3日-12月24日
岡山市デジタルミュージアム 2008年1月11日-3月16日
福岡市博物館 2008年3月25日-6月8日




2007年 5月4日(金)   『VLAAMSE PRIMITIEVEN』展
アントワープ王立美術館 ベルギー アントワープ

『VLAAMSE PRIMITIEVEN DE MOOISTE TWEELUIKEN』

アントワープ王立美術館に行ったら、プリミティフ派の展覧会をしていました。

≪原罪≫ ファン・デル・フース 

ヒューホ・ヴァン・デル・フースといえば、15世紀のフランドルの画家で、独創的な作品を描いている。
≪原罪≫は、ウィーン美術史美術館蔵の作品だが、この展覧会に出品されていた。

ヴァン・デル・フースは、ヘント(ゲント)の画家組合に登録され、組合長にまで上り詰めるが、ゲントを離れ、修道院の修道士になる。
ケルンに出かけ、その岐路に発狂した。翌年死亡している。(出典 西洋美術館)

代表作は、≪ポルティナーリ祭壇画≫で、この祭壇画はウフィッツィにある。


≪Christus aan het kruis≫ ヘールトヘン・トット・シント・ヤンス 

ヘールトヘン・トット・シント・ヤンスは、夭折の画家で30歳前後で亡くなっている。

ヴァン・デル・フースとのつながりが強い画家である。

この絵のほかに、ボイスマン=ファン・ブニンヘン美術館の≪ロザリオの聖母≫も出展されていた。

オランダ、ハーレムの聖ヨハネ騎士団でも活動しており、ベルリン絵画館にある≪荒野の洗礼者ヨハネ≫や、ウィーン美術史美術館の≪聖ヨハネ騎士団のための祭壇画≫など、ヨハネ関連の作品も描いている。

アントワープ王立美術館は、フランドル派の作品だけではなく、ルーベンスの有数のコレクションを持つ美術館としても名高い。
コリント様式の建物が美しく、美術館も大きすぎず小さすぎずでゆっくり静かに過ごすのに最適な美術館。


『VLAAMSE PRIMITIEVEN』
アントワープ王立美術館 2007年3月3日-5月27日





2007年 4月19日(木)   『大英博物館 ミイラと古代エジプト』展
神戸市立博物館 三宮

2004年から大英博物館で1年以上開催された特別展の日本への巡回。
エジプト関連や大英博物館絡みの展覧会は、結構日本でも開催されていて、入場者も多いが、今回の展覧会は、今まで見た中でも異質でとても面白かった。

三千年以上のミイラの謎を3D映像で解き明かすということで、入場すると、イントロダクションを部屋に複数設置されたモニターで見せられる。
その後、特別シアターに移動し3D用のめがねが配られる。
迫ってくる画像には、思わず身を引いてしまうこともあったが、とにかく面白かった。

シアター鑑賞の後は、展示会場に移動する。
映像に登場した棺や護符ほか、ロゼッタストーンの複製など約130点の大英博物館エジプトコレクションが展示され、見どころいっぱいの一風変わった展覧会でした。


『大英博物館 ミイラと古代エジプト』展
国立科学博物館 2006年10月7日-2007年2月18日
神戸市立博物館 2007年3月17日-6月17日



2007年 3月10日(土)   『ダリ』展
サントリーミュージアム天保山  大阪

兵庫県立近代美術館で、随分昔に『ダリ』展が開催されたが、昨年、東京で巡回のない『ダリ回顧』展は関西に来なかったので、関西人にとっては楽しみな展覧会だった。
ダリの作品は決して少なくはないし、ダリの美術館もスペイン、アメリカだけではなく、たとえば、パリのモンマルトルにもあった。
今回の展覧会の出品は、スペインのガラ=サルバドール・ダリ財団と、アメリカのサルバドール・ダリ美術館からで、
油彩約40点、ダリ財団秘蔵の手稿やドローイング、広告デザイン、舞台衣装など約180点が来日。

2004年はダリの生誕100年で、展覧会が世界各国で開催され、そのプログラムの一環として日本でも三美術館で開催される。

ダリほど奇抜なアーティストはいないが、印象派などの軟らかい色彩を好む方は苦手と仰ったりする。
ダリのパッションは、多少の好き嫌いの別をあっさり越えて、現実と幻想の錯乱を楽しんでみるのもいいのではないかと思う。


『ダリ』展
サントリーミュージアム 2007年3月8日-5月6日
名古屋市美術館 2007年5月12日-7月11日
北海道立近代美術館 2007年7月21日-9月6日



2007年 1月18日(木)   『ピカソとモディリアーニの時代』展
大丸ミュージアム梅田

フランス北部のリール近代美術館より、20世紀前半作品を中心に90点が来日。

ピカソ、モディリアーニ、ユトリロ、ブラック、レジェ、ビュッフェ、ミロ、ルオー、クレーなど、キュビスム、シュールレアリスム20世紀の革命的美術の軌跡を堪能できる。

訪れたのは、大丸ミュージアム梅田での展覧会開催初日。全国を回ってきた展覧会だが、梅田での人出も多かった。

リール美術館の礎を築いたロジェ・デュティユールは、ブラックの作品をはじめて購入した幻の画商、カンワイラーとも交流のあったコレクターらしく、リール美術館は、フランスの公立美術館では最大のモディリアーニ・コレクションを有する美術館だそうです。


『ピカソとモディリアーニの時代』展
愛媛県美術館 2006年4月20日-6月4日
ひろしま美術館 2006年6月10日-7月16日
秋田県立近代美術館 2006年7月22日-8月27日
Bunkamura ザ・ミュージアム 2006年09月02日-2006年10月22日
北九州市立美術館 2006年11月18日-2007年1月14日
大丸ミュージアム梅田 2007年1月18日-2月4日



2006年11月9日(木)   『エコール・ド・パリ』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

20世紀前半、パリには多くの異国出身の芸術家たちが集まり、のちに、エコール・ド・パリ(パリ派)と呼ばれる個性的な芸術を生み出した。

そんな、エコール・ド・パリの画家たちより、モディリアーニ、ピカソ、シャガール、キシリング、藤田嗣治などに、プミテヴ派と呼ばれたアンリー・ルソーやドランの作品を加え、同世代をパリに生きた画家たちの作品を約80点展示。

エコール・ド・パリを愛してやまない人々にはたまらない展覧会となっている。

会場に入ってすぐ、芸術たちの交流の場となったモンパルナスのカフェの写真の大きなパネルに出迎えられる。

エコール・ド・パリの画家たちのなかで、堂々、独自性を見せつけている藤田嗣治の実力に日本人として感動する。


『エコール・ド・パリ』展
岡崎市美術博物館 2006年6月3日-7月30日
熊本県立美術館 2006年8月4日-10月9日
兵庫県立美術館 2006年10月18日-12月17日



2006年9月 28日(木)   『アルベルト・ジャコメッティ』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

アルベルト・ジャコメッティ(1901年-1966年)は、スイスで生まれた。

彫刻だけでなく、絵画や、版画などの作品も多く遺した。

針金のように細い独自の人物像は、鮮烈な印象を持ち、他に例をみない。

実存主義に精通した渡仏中の哲学者の矢内原伊作と親密に交流し、矢内原をモデルにした、絵画、彫刻を多く作成する。

彫刻42点、油彩画28点、素描、版画66点、その他写真、書簡などの資料で構成される展覧会は、ジャコメッティを多面的角度から映し出す内容の充実したものとなっています。

また、帰国した矢内原との交流は続き、矢内原が保管していた書簡や日記、ジャコメッティの死を報せる夫人からの電報など貴重な資料も展示されている。

ジャコメッティの彫刻を、前後左右から自由に見られる作品配置は、観覧者に親切で、彼の彫刻が、真正面から見た幅より、真横から見た幅の方が大きいものがあることに気づく。

自らの絵を取り囲む自らカンバスに描く黒い線と、今にも降り出しそうな曇り空に似た色の背景。

兵庫県立美術館では、オリエンタルホテルがプロデュースするレストランがあり、展示会によってお料理がかわる。
アルベルト・ジャコメッティ展メニューという魚料理を食べつつ、外にテラスのあるもうひとつのカフェで、海の風にあたる。



『アルベルト・ジャコメッティ』展
2006年6月3日-7月30日 神奈川県立近代美術館
2006年8月8日-10月1日 兵庫県立美術館
2006年10月10日-12月3日 川村記念美術館




2006年8月19日(木)   『プラド美術館』展
大阪市立美術館 大阪天王寺

2002年、国立西洋美術館で開催された『プラド美術館』展は、プラド美術館のコレクションをはじめてまとまった形で紹介した展覧会ということで、約52万人の来場があったとのこと。
私も2002年、上京し、来日したプラドの作品を堪能しましたが、
今回の展覧会は、東京と大阪、ニ都市の開催ということで、関西でプラド美術館の名画をゆっくり楽しむことが出来る機会に恵まれました。

ティツアーノ、グレコ、ルーベンス、ベラスケス、ゴヤ、ムリーニョ、スルバランなど7000点を越えるプラド美術館所蔵作品の中から52作家、81点の名画で構成されるこの展示会は、前回の国立西洋美術館で開催された『プラド美術館』展とは、異なった作品内容となっている。

≪魔女の飛翔≫ ゴヤ

版画は別として、日本でゴヤの油彩を見る機会はあまりない。
前回の展覧会でも来日したゴヤの絵画はすばらしく、ゴヤの漆黒に魅了された。
≪魔女の飛翔≫は、1798年オスーナ公爵に売却された「魔女のテーマ」の6点の連作の1枚で、版画集『ロス・カプリチョス』との関連性も想起する。

深い闇に尖った背の高い帽子をかぶった半裸の少年たちが宙に浮き、ひとりの人間を抱え上げている。

その真下を黒い服を着た男が真っ白い布をかぶり、顔を伏せて歩き去ろうとし、
地面に倒れた赤毛の男は耳をふさぎ、驢馬は窪みから動けないでいる。

≪アモールと音楽にくつろぐヴィーナス≫ ティツアーノ

プラド美術館は王侯のコレクションを核としており、スペインの画家たちだけではなく、フランドル、イタリア絵画の宝庫としても知られる。

ティツアーノのコレクションも充実しており、今回も数枚来日している。

ティツアーノ作品の中で、ヴィーナスと音楽を結びつけた作品は数点あり、ウフィッツィの≪ウルビーノのヴィーナス≫、ドレスデンの≪眠れるヴィーナス≫(ジョルジョーネとの合作)など、世界各地にちらばっているが、
プラドの≪アモールと音楽にくつろぐヴィーナス≫は、背後に美しい噴水のある庭園が広がり、豊満なヴィーナスの裸体を飾る装飾品のリアルな煌めきは、絵の前に立つと息を飲む。


『プラド美術館』展
2006年3月25日-6月30日 東京都美術館
2006年7月15日-10月15日 大阪市立美術館



2006年 6月29日(木)   『藤田嗣治』展
京都国立近代美術館 京都岡崎

明治19年、東京の医師の末子として生まれたフジタは、大正2年パリに渡り、モディリアーニ、スーティン、ピカソ、キスリング達と交流し、エコール・ド・パリの代表的画家となる。

中南米を回り、日本に帰国するが、第二次世界大戦後ふたたびフランスに戻り帰化した。

パリにおける一番有名な日本人画家であり、フジタの果たした役割は大きい。

フジタの描く裸婦像は、‘乳白色の肌’と絶賛され、女性と猫を多く描いたが、戦争画、宗教画なども描いている。
日本画の手法を取り入れ、背景に墨を使ったり、金箔も使用している。
今回、フジタの全時代から百点弱の作品を集め、生誕120年記念回顧展にふさわしい内容の展覧会となっている。

フジタの絵をこんなにたくさん見たのははじめてだったが、親友のモディリアーニや、ピカソなどの影響の色濃い作品もあり、シャガールやアンリ・ルソーを思わせる構図もあり、フジタ独自の細やかな線描と、乳白色の肌色、まさしくエコール・ド・パリ一翼を大きく担った偉大な画家の作品を堪能した。

藤田嗣治という画家は日本では、マイナーに属するのかと思っていたが、紹介のTVの影響か、平日の午後なのに人が多く少々驚いた。
世界のフジタ。パリのフジタ。は、
日本の藤田なのだと、藤田死後、40年弱を経て強く認識したいと思う。


『藤田嗣治』展
2006年3月28日-5月21日 東京国立近代美術館
2006年5月30日-7月23日 京都国立近代美術館
2006年8月3日-10月9日 広島県立美術館



2006年 3月4日(土)   『ナポレオンとヴェルサイユ』展
神戸市立博物館 三宮

2002年秋に、* 太陽王ルイ14世からマリー・アントワネットまで *
という副題で神戸で開催された 『ヴェルサイユ』展は、記憶に新しいが、
今回の展覧会は、ヴェルサイユ所蔵のなかでもナポレオンに焦点をあてた展示会となっている。

ナポレオンの所持品および肖像画、関連品はフランス国内に散らばっているし、フランス国内でもナポレオン人気は高いので、私が渡仏した際もパリで『ナポレオン』展が開催されていた。

ヴェルサイユ自体は、実際に訪れるとやはり、ルイ14世からマリー・アントワネットまでの王族のカラーがとても強いが、ナポレオンもここに皇帝としての公邸を設けることを夢みただけあって数々の品々がヴェルサイユに遺されている。

今回の展覧会は、館内に入ると、ロベス・ピエールの肖像画に出迎えられ、恐怖政治の立役者は確かにナポレオンに続く時代の流れを想起させるが、少々面食らってしまう。
断頭台に向かうルイ16世やマリー・アントワネットの晩年の肖像画も展示されていた。
ダヴィッドの<マラーの死>もきていたが、この絵はベルギー王立美術館にある絵とサイズなども瓜二つで、ダヴィッドという画家は何枚か同じ絵を描くことがある画家なので、この題材もそういうことなのだろう。
ヴェルサイユ宮殿にかけられているナポレオンの戴冠の絵もルーブルに同じものがあるが、ジョセフィーヌの後ろにいる4人の女性たちの衣装の色が違う。
白馬に跨りアルプス越えをするナポレオンの絵はダヴィッドの作品の中でも有名な絵である。

ナポレオンは、若いころは痩せており、細面だったが、だんだん体型も変化していく。今回の展覧会では肖像画も複数来日している。

また前后妃のジョセフィーヌや、のちの后妃マリー=ルイーズ、一粒種で早逝したローマ王、ナポレオンの家族たちの絵や所縁の品々が多く来日し、ナポレオン個人の栄華の一時代に触れることができる。



『ナポレオンとヴェルサイユ』展
2005年12月3日-2006年3月19日 神戸市立博物館
2006年4月20日-6月18日 江戸東京博物館



2005年11月12日(日)   『アムステルダム国立美術館』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

アムステルダム国立美術館の大規模な改装工事に合わせて世界を巡回している展覧会です。
日本では神戸のみの開催になります。

黄金期と呼ばれるオランダ17世紀のコレクションが特に充実している美術館として知られるアムステルダム国立美術館は、レンブラントやフェルメールなど多数の著名画家の所蔵品が見られるベネルクス屈指の美術館です。

今回の展覧会は「オランダ絵画の黄金時代」と題し、17世紀の絵画、工芸品など93点が来日。

≪青年期の自画像≫ レンブラント
レンブラントは上記の絵以外に3点
他、ハルス、ヤン・ステーンなど、肖像画や風景、ヴァニタスや花の静物画、宗教画、風俗画、ジャンルも多数あり、当時のオランダを美術を通してあらゆる角度から感じられる。

私にとっては10枚目のフェルメール。
なかなか見たフェルメールの枚数は増えませんネ。
≪恋文≫ フェルメール

2005年10月25日-2006年1月15日   兵庫県立美術館



2005年 7月10日(日)   『ギュスターヴ・モロー』展
兵庫県立美術館 神戸市灘区

パリのモロー美術館が改装中のために所蔵のモロー作品が多数来日している展覧会です。



去年、モロー美術館を訪れた時は、外も中もきれいで改装の予感はなかったのですが、モロー美術館は、モローのアトリエ兼自宅で手をいれる箇所も多いのでしょう。

展覧会場の正面には、モロー美術館に入ってすぐ目に飛び込んでくる



この螺旋階段と赤を基調とした壁にかけられたモローの作品たち、まさに、この写真そのまま、引き伸ばしたようなフォトグラフが飾られている。

モロー美術館へようこそ

というような、演出である。

たぶん、パリに2.3日滞在する観光客は、ルーブルやオルセーには立ち寄っても、モロー美術館にわざわざ足を運ぶ人は少ないように思う。

しかし、多くのモローの作品がこのモロー美術館に集められており、モローが人生を過ごしたその邸宅でモローの作品を見るという味わいは陶酔にも似た快楽がある。

ギリシア神話、聖書などに材を求め、描かれた事象を独自の視点で捉えなおし、細緻な筆で描き続けたギュスターヴ・モローの世界は、
ユイスマンスをペンを止めることができないほどに魅了し、オスカー・ワイルドに戯曲『サロメ』を描くきっかけを作り、後進の画家にも多大なる影響を与えた。

モロー美術館の初代館長は愛弟子のルドンが勤めている。

19世紀象徴派の代表とされるモローの作品の魅力は、ただ、美しいだけでなく、描かれているギリシア神話や聖書の登場人物が特有の個性を持ち、理想となりうる対象として存在することである。

ルーブルもウフィッツィもそのほかの美術館でもそこの美術館で作品を見るというのが望ましく、特にギュスターヴ・モローの場合は、モロー美術館でこの作品群を見るのが至福であると強く感じるが、この展覧会でモローの作品に多くの方が触れ、パリを訪れたいと思う方が増えることを心から願っています。

展示作品は、ギュスターヴ・モロー美術館所蔵オンリーのものです。
サロメシリーズは、≪出現≫をはじめ、多くの習作やその他の水彩、油彩など非常に充実しています。




2005年3月19日-2005年5月22日  島根県立美術館
2005年6月7日-2005年7月31日   兵庫県立美術館
2005年8月9日-2005年10月23日  Bunkamuraザ・ミュージアム



2005年 7月10日(日)   『ベルリンの至宝』展
神戸市立博物館 三宮

ベルリン国立博物館群の旧国立美術館、旧博物館、新博物館、ペルガモン博物館、ボーデ博物館より、

「聖なるもの」 というテーマでエジプト美術から19世紀までの至宝をコレクションして展示されている。

・ティイ王妃頭部 紀元前1360年ごろ
・パイエステネフの彩色木棺 紀元前600年ごろ
・ライオンの装飾煉瓦壁 紀元前575ごろ バビロンの神殿に繋がる通りの両側の壁画の一部。壁画は180mも続きライオンは120頭ほど描かれていたそうです。口をあけて牙を剥き出し、勇壮な姿の百獣の一頭分の煉瓦壁が展示されています。
・パシグのミイラマスク 1世紀初頭
・カラカラ帝の胸像
・ミネルヴァの銀皿
・ボッティチェリの≪ヴィーナス≫ 
・マネの≪温室にて≫ など



『ベルリンの至宝』展
2005年7月9日-10月10日 神戸市博物館



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