5月6日2ページ
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タリスの到着も遅かったし、足もいまいちだったので、ホテルの部屋でおとなしくしてればよかったのだけど、どうしても行きたいところがあった。 本来ならこの日は、アムス到着ホテルチェックイン後、ハーレムとザーンセ・スカンスを訪れる予定だった。夜になってもいいのならライデンにも降り立ってみようなどと思っていた。 そんな予定はもううっちゃっても、ハーレムだけには行きたい。と、ホテルを飛び出して駅からICに乗り込む。 |
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これはICじゃなくIRなのかな。 すいていて余裕で座れる。 |
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ハーレム駅。 とにかく寒い。 マルセル・プルーストは、1902年、この地に降り立ち、フランス・ハルスの絵を見ている。 そう主人も私も、レンブラント、フェルメールと並び称されるハルスの絵画を見たいのだ。 |
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駅を出るとタクシーが何台か停まっていているも運転手がいない。 ちょっと離れたところにいるおっちゃん集団に話しかけると、やはりタクシーの運ちゃんだった。 「フランス・ハルス美術館に超特急でいってくださいー」と言ったら、「フランス・ハルス」の発音がむちゃんくちゃんだったようで超特急のみ通じる。 地図を見せて「ここー」とアピール!! 「よっしゃ、まかせとかんかい!」(とオランダ語で言った気がする)と、そりゃそりゃ、超特急で美術館に向かう。 「そないに急がんでもいいのに・・・」と(笑) |
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駅から美術館まで8ユーロ。 超特急で走ってくれたので10ユーロ渡す。 愛想のいい運ちゃんは、「じゃーねー」ってかんじなのでこちらも手を振る。 でも、車から降りてくるのでどうしたのかと思ったら、主人が車のドアを開けたままにして忘れていたので閉めに来たのだ。 ヨーロッパは日本と違ってタクシーのドアは自動じゃなく客が閉める。 そんなことわかってるのに、美術館入館の気持ちが焦っているから思いっきり盛大に開けたまま・・・(笑) |
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フランス・ハルス美術館 17世紀初頭に建てられ、200年間養老院として使用されたあと、19世紀には孤児院となり、20世紀に市によって買い上げられ改装が加えられ1913年から美術館となった。 |
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フランス・ハルス美術館内部。 養老院や孤児院とは思えないほどの館内。 フランス・ハルスの絵のほかに同年代にハーレムで活躍した画家たち、19世紀から20世紀にのオランダ印象派と現代美術もコレクションされている。 照明にも凝っていて、当時の部屋をそのまま残しつつすばらしくディスプレイされている。 |
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アントワープで生れたフランス・ハルスは、16世紀のハーレムに移り住みここで多くの絵画を描いた。 ハルスの作品はここだけではなくほかの美術館でも見られるが、市民隊の肖像画の間に飾られているフランス・ハルスの傑作肖像画はこの美術館の至宝である。 レンブラントの<夜警>にもみられるように、当時はよく肖像画が描かれ、それは王室や大金持ちの貴族だけでなく、町の名士たちや市民警備隊など複数の人々がお金を出し合って描かせているのだ。 写真の絵は<聖ゲオルギウス市民警備隊の士官と下士官たち> |
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フランス・ハルス美術館中庭。 とてもよく手入れされている美しいしっとりとした中庭。 |
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美術館の前はとても狭い道で、そこを少し歩くと運河沿いにバスストップがあった。 本当は、町の中心のグローテ・マルクトや市庁舎、聖バフォ教会にも行きたかったが、小雨が降り寒く足も限界なので帰ることにする。 残念!! |
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ハーレム駅。 ハーレムからアムステルダム中央駅までは20分ほど。 |
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アムステルダム中央駅にあったクロケットの自動販売機。 たくさんの種類があったが一番オーソドックスそうなものを買って食べてみる。 ちょっと味が濃いがおいしかった。 日本のコロッケとは少し味が違う。 |
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駅前のインフォメーション。 翌日のためのストリッペンカールトを買おうとするが時間が遅く売っていないという。 ホテルに戻る。 5月7日1ページ目に続きます。 |