美神は海へ
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人波に揉まれ阿修羅を見し宵は美少年を誑(たら)してぞみん  初枝


あたふたと足穂の月が下りてきて吾のポケットにしのびこみたり  真白


絡み付く雨の匂ひの宿場町しとどに濡れて誰かとねむる  初枝


合歓の木に淡き禁忌のありしことさらりと告げて風は横切る 真白


〈告白〉の朝は静かに明け初めて八月六日暑くなるらし 初枝


向日葵が黒こげになる夏満ちて爆心地より鳩の飛びたつ 真白


北極のこほり溶くるを想像す 北極熊が溺れてをりぬ 初枝


火の匂ひ雨の匂ひと嗅ぎ分けてふるびた海に帰らな おまへ 真白


せいめいの生るる瞬間水底の砂は震へて吐息を洩らす 初枝


砂底をすべりて海のくちなはは毒もて愛のアサシンとなる 真白


地獄には地獄の仁義玉藻なすアフロディーテに手出しはせぬと 初枝


うつくしきをんなの乳房に砕けゆく波の白さを窺きこみたり 真白


虹色のアイスクリームを探すため遠くの国へ行つてしまつた 初枝


ひそひそと人形奇譚を語りつぐこゑのかたへに狐火燃ゆる 真白


本当にあなたの指が欲しいのです。マリオネットはほくそ笑みたり 初枝


「神」と書く「紙」をうばはむさはさはと「髪」切虫の長き触覚 真白


安らぎを拒むほかなき魂にサド侯爵の果てぬ享楽 初枝


隠れ家に禁書を抱きて眠りたるふたりの姫のいづれぞ美しき 真白


それとなく今日一日を聞いてみるママのペディキュア赤すぎるから 初枝


隻脚のをとこが追ひし白鯨の跡形もなき海の静寂 真白



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HATSUE FUJITA & MASHIRO YAMASHINA

2009.夏


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Picture by Paul・Baudry 「波と真珠」