Le cahier (trois)





 生脚を組みかへてゐる残像を車窓の霙に打ち消すあはれ  燦
 静やかに降り積もる雪 喩ふれば重なりつづける花びらにも似て  真白
 つつましく淡麗生を飲みをれば動橋から雪を掬はむ  燦
 迷ひ子のやうに思へどつくづくと鎖のごとく道は繋がり  真白
 番匠のプラスチックのかにめしの朱色の容器生々しけれ  燦
 永遠の旅人としてその刹那ひかりと写真におさまりゆきぬ  真白
 撮り鉄の四、五人見えて生涯に愛した女人の数はいかほど  燦
 扁桃の赤み薄らぐ頃に食む七草粥に舌を焼きをり  真白
 人生は短すぎるといふ科白、ギリシャ映画に聴けば楽しも  燦
 こころにて読みたる文を折りたたむ指の白さは極まりゆくも   真白
 春の昼を棺のごとく家居して『紅楼夢』読み飽きるも幾日  燦
 太陽もみづも欲しいと手を広げ欅の森の真中で遊ぶ  真白
 窓際の原稿用紙の上に置くモビールは放蕩の風に動かず  燦
 さういへば話してゐない怖い夢ぽつぽつ語るひそひそこゑで  真白
 生きてゐる甘海老を食ふ女人あり泉鏡花の悪夢のごとし  燦
 月の夜は女の首にくちなはの化身となりてのぼりゆきたり  真白
 愛といふ行為のひとつ 絞め上げる女の首に黒子のありて  燦
 ぱらぱらと玻璃のかけらをゑがきこむ画布の端よりこぼれゆく青  真白
 米国と書く肌触り、U.S.と書く肌触り、愛は摩擦さ  燦
 さまざまな夢のあとさき代替の憐れな汽車は首都に戻りぬ  真白
西王 燦 : 山科真白