Le cahier (trois)





 生脚を組みかへてゐる残像を車窓の霙に打ち消すあはれ  燦
 静やかに降り積もる雪 喩ふれば重なりつづける心にも似て  真白
 つつましく淡麗生を飲みをれば動橋から雪を掬はむ  燦
 迷ひ子のやうに思へどつくづくと鎖のごとく道は切れぬと  真白
 番匠のプラスチックのかにめしの朱色の容器生々しけれ  燦
 永遠の旅人としてその刹那あなたと写真におさまりゆきぬ  真白
 撮り鉄の四、五人見えて生涯に愛した女人の数はいかほど  燦
 扁桃の赤み薄らぐ頃に食む七草粥に舌を焼きをり  真白
 人生は短すぎるといふ科白、ギリシャ映画に聴けば楽しも  燦
 こころにて読みたる文を折りたたむ指の白さは極まりゆくも   真白
 雪の舞ふ早朝駅に降りたてば閑散として君をさがすも  燦
 太陽もみづも欲しいと手を広げあなたの森の真中でふたり  真白
 生首にも格差ありけむ足軽が紐でまとめて担ぐ七個を  燦
 さういへば話してゐない怖い夢ぽつぽつ語るひそひそこゑで  真白
 生きてゐる甘海老を食ふ女人あり泉鏡花の悪夢のごとし  燦
 月の夜は女の首にくちなはの化身となりてのぼりゆきたり  真白
 愛といふ行為のひとつ 絞め上げる女の首に黒子のありて  燦
 永遠のロダンとカミーユかのときのパオロとフランチェスカ狂ほしき『接吻』  真白
 光射す楡の木下の雪の上に松葉杖あり誰が捨てしか  燦
 さまざまな夢のあとさき代替の憐れな汽車は首都に戻りぬ  真白
西王 燦 : 山科真白